ニュージーランド議会でハカを踊り抗議!マオリの権利を巡る論争が激化

2024年11月14日、ニュージーランド議会で前代未聞の出来事が起こりました。

マオリの議員たちが、マオリの権利に関わる新法案に抗議するため、議場でハカ(伝統的な儀式的ダンス)を披露したのです。

この劇的な抗議行動は、国内外で大きな注目を集め、ニュージーランドの先住民族の権利をめぐる深刻な対立を浮き彫りにしました。

マオリ

マオリは、ニュージーランド(マオリ語でアオテアロア)の先住民族です。

約300年前に南太平洋のポリネシア地域からカヌーでニュージーランドに渡ってきたとされています。

現在、マオリはニュージーランドの総人口の約15%を占めており、その大半が北島に居住しています。

マオリ文化は、ニュージーランドの国民的アイデンティティの重要な一部となっています。彼らの言語であるマオリ語は、英語と並んでニュージーランドの公用語の一つとして認められています。

マオリの人々は、独自の伝統や習慣を大切に守り続けています。

例えば、「ハカ」と呼ばれる伝統的な踊りは、ラグビーのニュージーランド代表チーム「オールブラックス」の試合前パフォーマンスとして世界的に有名です。また、「タ・モコ」と呼ばれる伝統的な刺青や、「ファカイロ」と呼ばれる精巧な彫刻芸術なども、マオリ文化の特徴的な要素です。

現代のニュージーランド社会において、マオリの文化や伝統は教育システムや公共サービスにも取り入れられ、国の多文化主義政策の重要な柱となっています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AA%E3%83%AA

ワイタンギ条約とは

ニュージーランドの歴史において、1840年に締結されたワイタンギ条約は極めて重要な位置を占めています。

この条約は、英国王室と500人以上のマオリの首長たちの間で結ばれ、両者の統治方法を定めたものです。

しかし、英語版とマオリ語版の間に解釈の相違があり、特に土地所有権に関して大きな論争を引き起こしてきました。

条約そのものには法的拘束力はありませんが、その原則は長年にわたってニュージーランドの法律や政策に組み込まれてきました。

マオリの権利を保護し、植民地化による不正を是正するための重要な基盤となっているのです。

新法案の内容と論争の焦点

ACTニュージーランドの提案

今回の騒動の発端となったのは、与党連立の一角を占めるACTニュージーランド党が提出した「条約原則法案」です。

この法案は、ワイタンギ条約の原則を法的に定義することを目的としています。

ACT党は、条約の原則が明確に定義されていないために、裁判所が「平等の権利の原則に反する行動を正当化するために原則を発展させてきた」と主張しています。

彼らは、公的機関における「民族別の割り当て」などが、すべてのニュージーランド人に対する公平性の精神に反すると考えているのです。

法案の主な内容

  1. 政府には統治権があり、議会には完全な立法権がある
  2. マオリの権利は王室によって尊重される
  3. すべての人は法の下で平等であり、平等な保護を受ける権利がある

反対派の主張

一方、この法案に反対する人々は、マオリの権利が危機に瀕していると警鐘を鳴らしています。

彼らは、この法案が国を分断し、多くのマオリに必要不可欠な支援を解体することにつながると懸念しています。

ハカ抗議の衝撃

議場での劇的な瞬間

11月14日の朝、法案の第一読会が始まろうとしたとき、野党のマオリ党議員ハナ・ラウヒティ・マイピ=クラーク氏が立ち上がり、ハカを始めました。

他のマオリ議員たちも加わり、議場は一時騒然となりました。この抗議行動により、議会は30分間中断。

マイピ=クラーク議員は議場から退場を命じられました。

しかし、この劇的な場面は国内外のメディアで大きく取り上げられ、マオリの人々の怒りと危機感を世界に伝えることとなりました。

ハカの意味と影響

ハカは、マオリの文化において非常に重要な意味を持つ儀式的なダンスです。

戦いの前の士気高揚や、重要な場面での決意表明など、様々な場面で行われます。

議場でハカを行うという前例のない行動は、マオリの議員たちがこの法案をいかに深刻に受け止めているかを如実に示しています。

国を二分する論争

支持派の主張

ACT党のデイビッド・シーモア党首(現在は法務副大臣も務める)は、この法案が必要な理由として、「人種によって国が分断されている」現状を挙げています。

彼は、条約の原則を議会を通じてより公平に解釈できるようにすることで、すべてのニュージーランド人にとって公正な社会が実現すると主張しています。

支持派は、現在の条約解釈が一部のマオリに過度の特権を与えており、非先住民の市民を差別していると考えています。

彼らは、真の平等を実現するためには、人種に基づく特別な扱いを廃止し、すべての市民を同等に扱うべきだと主張しています。

反対派の懸念

一方、反対派は、この法案がマオリの権利を著しく侵害し、長年にわたって築き上げてきた進歩を台無しにすると警告しています。

彼らは、マオリが直面している様々な社会経済的な課題に対処するためには、条約に基づく特別な配慮が必要だと主張しています。

実際、最新の国勢調査によると、マオリはニュージーランドの人口の約18%を占めていますが、健康状態、所得水準、教育達成度、収監率、死亡率など、多くの指標で一般人口と比べて不利な状況に置かれています。

特に、平均寿命には7年もの差があるという深刻な格差が存在しています。

専門家の見解

ワイタンギ審判所(条約違反の申し立てを審査する機関)は、この法案について深刻な懸念を表明しています。

審判所は、法案が「意図的にマオリとの対話を避け、パートナーシップの原則、王室の誠実義務、マオリの権利と利益を積極的に保護する義務に違反している」と指摘しています。

さらに、法案に盛り込まれた原則がワイタンギ条約を誤って解釈しており、マオリに重大な不利益をもたらす可能性があるとも警告しています。

全国に広がる抗議の動き

ヒコイ(平和的抗議行進)の展開

法案に反対する動きは議会内にとどまらず、全国規模の抗議行動へと発展しています。

マオリの権利擁護団体が組織した「ヒコイ」と呼ばれる平和的な抗議行進が、国の北端から首都ウェリントンに向けて9日間かけて行われています。

11月15日現在、行進は最大都市オークランドに到達し、推定5,000人もの参加者がハーバーブリッジを渡るのに2時間を要したと報じられています。

この行進には、マオリだけでなく、多くの非マオリの市民も参加しており、国民的な関心の高さを示しています。

参加者の声

行進に参加したある人は、「テ・ティリティ(ワイタンギ条約のマオリ語名)は私たちの国民的アイデンティティにとって非常に重要です」と語りました。

また、別の参加者は、「私たちは多文化社会ですが、それは二文化主義の基盤の上に成り立っています。これは変えることのできないものです」と主張しています。これらの声は、ニュージーランドの国民性が、マオリ文化と西洋文化の融合の上に成り立っているという認識を示しています。

多くの人々が、この独特な二文化主義を国の誇りと考えており、それを脅かすと思われる法案に強く反対しているのです。

政治的な展望

法案の行方

11月14日、法案は第一読会を通過しましたが、これは与党連立のすべての政党が支持したためです。

しかし、ACT党の連立パートナーである国民党とニュージーランド・ファースト党は、第二読会以降は支持しないと表明しています。クリストファー・ラクソン首相も、この法案を「分断的」と呼んでおり、政権内部でも意見が割れていることがうかがえます。

このため、法案が最終的に成立する可能性は低いと見られています。

今後の展開

しかし、法案が否決されたとしても、この問題が簡単に解決するとは考えにくい状況です。

マオリの権利をめぐる議論は、ニュージーランド社会の根本的な価値観や国家のアイデンティティに関わる問題だからです。今後は、マオリと非マオリの間の対話をより深め、互いの立場を理解し合うことが重要になってくるでしょう。

また、マオリが直面している社会経済的な課題に対して、より効果的な解決策を見出していく必要があります。

ニュージーランドの先住民族政策の歴史

ニュージーランドは、先住民族の権利保護において世界的にも先進的な国として知られてきました。

1975年にはワイタンギ審判所が設立され、条約違反の申し立てを審査する仕組みが整えられました。また、1987年にはマオリ語が公用語として認められ、教育や公共サービスにおけるマオリ語の使用が促進されてきました。

2023年には、ジャシンダ・アーダーン前政権下でマオリ保健局が設立され、マオリの健康格差解消に向けた取り組みが強化されました。

しかし、現政権はこのマオリ保健局を解体し、政府機関の公式名称でも英語をマオリ語よりも優先するなど、これまでの政策を転換する動きを見せています。今回の法案もその流れの一環と見ることができます。

まとめ

ニュージーランド議会でのハカ抗議は、単なる一過性のパフォーマンスではありません。

それは、国の根幹に関わる深刻な対立を象徴する出来事でした。マオリの権利をどのように保護し、同時にすべての市民の平等をどう実現するか。この難しい課題に対して、ニュージーランド社会全体が向き合い、建設的な対話を重ねていくことが求められています。

この問題は、先住民族の権利と国民統合のバランスを模索する世界中の国々にとっても、重要な示唆を与えるものとなるでしょう。

ニュージーランドがこの課題にどう取り組み、どのような解決策を見出していくのか、今後も注目が集まることは間違いありません。

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