AOLやVimeoを傘下に持つ伊ベンディング・スプーンズ、ナスダック上場で株価40%急伸
「アプリの墓場」とも呼ばれる衰退ブランドを次々と買い集めてきた、無名のイタリア企業がついに表舞台に立ちました。2026年7月1日、Bending Spoons(ベンディング・スプーンズ)社がナスダックに新規上場し、初日で株価が約40%も急伸しました。
AP通信(ABC News配信)、TechCrunch、ロイター(Reuters)の報道をもとに、AOLやVimeoの新たな持ち主の正体に迫ります。
上場初日で時価総額2兆円超に
Bending Spoonsは7月1日、1株29ドルで5800万株を売り出し、総額約17億ドル(約2600億円)を調達するIPO(新規株式公開)を実施し、ナスダックに上場しました。
公開価格は当初想定していたレンジ(26~28ドル)を上回る水準で決定されており、上場前から投資家の需要が強かったことがうかがえます。取引開始後は買いが殺到し、終値は40ドル前後まで上昇。
公開価格から約40%高となり、時価総額はおよそ255億ドル(約3兆8000億円)に達しました。
調達資金のうち自社の取り分は約10億ドルで、残りは既存株主による売り出し分に充てられています。
上場初日に株価が40%前後上昇する例は米国市場でも決して多くなく、無名企業の華々しいデビューは市場関係者の間でも驚きをもって受け止められました。
また、IPO株の配分では上位10社の機関投資家だけで発行株式の約85%を取得したと報じられており、一般の個人投資家にはほとんど行き渡らなかった可能性も指摘されています。
「アプリの墓場」を蘇らせる独特のビジネスモデル
同社の最大の特徴は、成長が頭打ちになった、あるいは経営難に陥ったデジタルブランドを買収し、テコ入れして再び収益化するという事業モデルです。
2013年にイタリア・ミラノで創業されて以来、50社以上を傘下に収めてきました。主な買収先は以下の通りです。
- Evernote(ノートアプリ、2022年買収)
- Meetup(イベント・コミュニティSNS、2024年買収)
- WeTransfer(ファイル転送サービス、2024年買収)
- Vimeo(動画配信サービス、2025年に約13.8億ドルで買収)
- AOL(老舗のインターネットサービス、2025年に約15億ドルで買収)
- Eventbrite(イベントチケット販売、2026年買収)
多くのファンドが企業を買収後すぐに転売する「フリッピング」戦略を取るのに対し、同社は買収したブランドを長期保有し、地道に収益構造を立て直す方針を掲げています。
誰もが「もう終わった」と見なすブランドにこそ商機を見出す逆張りの発想が、結果的に競合の少ない独自のニッチ市場を同社にもたらしていると考えられます。
特に近年は、動画共有のVimeoやチケット販売のEventbrite、時間管理ツールのHarvestなど、分野の異なるサービスを次々と傘下に収めており、単一業種に依存しない分散型のポートフォリオを築いている点も特徴的です。
黒字化の裏側 ― AIを駆使した徹底的な合理化
多くの新興テック企業が赤字を抱えたまま上場する中、Bending Spoonsは異例の黒字体質を誇ります。
2025年の売上高は前年比95%増の13億1000万ドルに達し、営業利益も倍増して2億7800万ドルとなりました。
2026年第1四半期の売上高は6億100万ドル、純利益は2750万ドルを計上しています。
利用者基盤も大きく、月間アクティブユーザーは5億人超、有料課金ユーザーは900万人にのぼります。
急成長を支えるのが、AI(人工知能)を活用した業務効率化です。
従業員1人当たりの売上高は2023年の112万ドルから2025年には257万ドルへと倍増しており、同社はこれをAI活用による生産性向上の成果と説明しています。
買収した老舗アプリのコードベースをPythonなど最新技術で書き直し、価格設定や新機能の投入をデータに基づいて細かく検証する徹底した実験文化も特徴です。
共同創業者のマッテオ・ダニエリ氏は「プロダクトマーケットフィットを見つける段階では運が大きく作用するが、オペレーションの卓越性を追求する段階では運は関係ない」と語り、属人的な勘や幸運に頼らない再現性の高い経営手法へのこだわりを強調しています。
なぜ投資家は熱狂したのか
背景には、「実際に利益を出せるテック企業」への渇望があると考えられます。
生成AIブームを背景に評価額だけが急騰する未上場企業が目立つ中、実際に営業黒字を積み上げている企業は限られており、Bending Spoonsの堅実な数字が際立った形です。
また、多くのテック企業がAIそのものを製品として売り込むのに対し、同社は既存ブランドの内部業務にAIを応用して収益力を底上げする、いわば「地味だが実利のあるAI活用」を体現している点も評価されているようです。
同社は調達した資金を元手に、今後も買収戦略を継続する方針を示しています。
特に、資金調達環境の悪化でバリュエーションが下落したSaaS(サース、クラウド経由でソフトウェアを提供する事業形態)企業を、割安な価格で取り込む狙いがあるとみられます。
ゼロから新サービスを作るのではなく、既存の巨大ユーザー基盤を持つブランドをAIで再生させるという同社の戦略は、今後のテック業界のM&A(合併・買収)における一つのモデルケースになる可能性があります。
補足情報
Bending Spoonsは2013年、ルカ・フェラーリ氏ら創業メンバーが、以前手がけていたスタートアップ「Evertale」の失敗後に残った約4万ドルを元手に設立した会社です。
社名は映画『マトリックス』の“スプーン曲げ”の場面に由来するとされています。
当初はデンマーク・コペンハーゲンで創業しましたが、2014年に本拠地をイタリア・ミラノへ移転しました。
ベンチャーキャピタルからの多額の外部出資に頼らず、自己資金と買収先事業からのキャッシュフローで成長してきた点も、シリコンバレー流とは一線を画す特徴です。
日本ではまだ知名度が低いものの、日常的に使われるAOLメールやVimeo、Evernoteの裏側に同社が存在することは、意外と知られていません。
まとめ
無名のイタリア企業が、AOLやVimeoといった米国のインターネット黎明期からのブランドを次々と傘下に収め、ナスダック上場初日に株価40%高という華々しいデビューを飾りました。
「衰退ブランドの再生」という逆張り戦略と、AIを活用した徹底的な合理化により、多くのテック企業が赤字に苦しむ中で確かな黒字を築いている点が高く評価されています。
調達した資金をどのような買収に投じるのか、そして日本でもなじみ深いサービスが今後同社の傘下に加わるのか、引き続き動向が注目されます。
出典:
AP News (via ABC News)
TechCrunch
Reuters (via TradingView)
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