64カ国137人の研究者が結集、史上最大のコウモリゲノム解析が英科学誌ネイチャーに掲載
空を飛ぶことができる唯一の哺乳類、コウモリはいったいどこで生まれたのでしょうか。
米科学メディアのPhys.orgやScientific Frontlineが報じたところによると、英学術誌ネイチャーに掲載された最新研究で、コウモリの起源はヨーロッパで約6500万年前にさかのぼるとの結論が示されました。
これまで北米やアジアが起源とされてきた通説を覆す発見です。
研究には世界64カ国から137人の研究者が参加し、103種のゲノムと44点の化石を組み合わせて解析した、史上最大規模の調査となりました。
史上最大のコウモリゲノム解析「Bat1K」とは
今回の研究を主導したのは、国際コンソーシアム「Bat1K」です。
Bat1Kは、世界に生息する全コウモリ種の高精度ゲノムを解読することを目指し、2017年に発足したプロジェクトです。
今回の論文では、現存する21のコウモリ科すべてを網羅する103種のゲノムデータが用いられました。
さらに世界各地から集められた44点の化石記録も組み合わせることで、遺伝情報と古生物学的な証拠を統合した分析が可能になりました。
参加した研究者は64カ国から137人にのぼり、国際的な学術プロジェクトとしても異例の規模です。
単一の生物種を対象にこれほど広範な国際協力体制が組まれること自体が、コウモリという生物への関心の高さを物語っています。
研究を率いたエマ・ティーリング氏とソニア・ヴァーンズ氏は、Bat1Kの共同創設者としても知られています。
ヴァーンズ氏は「この驚異的なゲノム資源によって、コウモリの類いまれな生物学がどのように進化したのかをついに理解できるようになった」と述べています。
定説を覆す「ヨーロッパ起源説」
従来、コウモリの起源についてはアジア、アフリカ、北米など複数の仮説が唱えられてきました。
中でも有力視されていたのは、北米で約5000万年前に出現したとする説でした。
しかし今回、ゲノムと化石を組み合わせた解析の結果、コウモリは約6500万年前にヨーロッパで誕生した可能性が最も高いことが示されました。
その後コウモリはアフリカへ進出し、ヨーロッパとアフリカを結ぶ「拠点」を形成したのち、アジアや南北アメリカ、オーストラリアへと広がっていったと考えられています。
6500万年前という時期は、恐竜を絶滅させた小惑星衝突の直後にあたります。
大量絶滅によって多くの生態的地位が空いたことが、コウモリを含む哺乳類の急速な多様化を後押しした可能性があります。
教科書的な生物地理の常識が、ゲノムデータの蓄積によって塗り替えられる好例だといえるでしょう。
エコーロケーションと飛行、どちらが先に進化したのか
コウモリ研究における長年の論争の一つが、超音波を使う反響定位(エコーロケーション、音の反射で周囲の物体を認識する能力)がいつ、どのように進化したのかという問題です。
これまでは、現生コウモリの多様化が始まった後に、複数の系統で個別にエコーロケーションが獲得されたとする説が有力でした。
しかし今回の研究では、化石種「ヴィエラシア」の位置づけをゲノムデータと突き合わせることで、エコーロケーションは現生コウモリが分化するよりも前、飛行能力の獲得とほぼ同時期に成立していたことが示されました。
共著者のリリアナ・ダバロス氏は、今回の手法について「他の手法ではできない、最古のコウモリ化石グループの特定を可能にする」と説明しています。
つまりコウモリは、空を飛ぶ能力を手に入れたごく初期の段階から、すでに音による索敵能力も備えていた可能性が高いのです。
暗闇の中でも自在に飛び回れる能力を早期に獲得したことが、コウモリがその後多様な環境へ急速に適応・拡散できた一因とも考えられます。
健康研究にもつながるコウモリの「特異な生物学」
コウモリは哺乳類の中でも際立った特徴を持つ動物です。
体格の割に非常に長寿であることに加え、多数のウイルスを保有しながら自らは重症化しにくい強靭な免疫システムを備えていることが知られています。
こうした特性の遺伝的な基盤を解明できれば、人間の老化研究や免疫研究、感染症対策への応用につながる可能性があります。
今回構築されたコウモリの祖先ゲノムの推定モデルは、こうした特殊能力がいつ、どのように獲得されたのかを探る手がかりになります。
ヴァーンズ氏が「コウモリは進化の最大級の実験の一つ」と表現するのも、こうした生物学的な特異性を踏まえてのことです。
コウモリの免疫の仕組みが解明されれば、将来的にヒトの炎症性疾患や加齢研究への応用も期待されています。
コウモリに関する豆知識
現在、世界には1400種を超えるコウモリが生息しているとされ、哺乳類全体の種数の約2割を占めます。
コウモリは空を飛べる唯一の哺乳類であり、ムササビなどの「滑空」とは異なり、自らの筋肉で羽ばたいて飛行します。
Bat1Kプロジェクトはこれまでにも複数の論文を発表しており、今回の成果はその集大成の一つと位置づけられています。
今回の研究成果は学術誌ネイチャーに2026年9月23日付で掲載されました。
まとめ
今回の研究により、コウモリは約6500万年前にヨーロッパで誕生し、その後世界各地へ広がっていったとする新たな系統樹が示されました。
エコーロケーションと飛行能力がほぼ同時期に獲得されていた可能性が高いことも、大きな発見といえます。
今後は、今回得られた祖先ゲノムの情報を活用し、コウモリ特有の長寿や免疫の仕組みを解明する研究の進展が期待されます。
身近でありながら謎の多い生き物であるコウモリの実像に、ゲノム科学がどこまで迫れるか注目されます。