核融合発電を目指す米新興企業が着工、Google元CEOも取締役会長に
核融合発電の実用化を目指す米新興企業パシフィック・フュージョンが、ニューメキシコ州で新たな研究製造拠点の建設に着手しました。
投資総額は10億ドル(約1500億円)規模にのぼり、2030年までに核融合反応で消費エネルギーを上回る出力を得る「施設内純利得」の達成を目指します。
米TechCrunchや地元紙アルバカーキ・ジャーナル、業界誌PowerMagの報道をもとに、その中身と意味するところを解説します。
パシフィック・フュージョンとは?2023年創業のパルスパワー方式核融合企業
パシフィック・フュージョンは2023年に設立された核融合発電を目指す米新興企業です。
共同創業者のキース・ルシアン氏(最高技術責任者)らは、米ローレンス・リバモア国立研究所や米核安全保障局(NNSA)出身の科学者を中心とするチームを率いています。
製造面ではスペースXやテスラで量産スケーリングを経験したエンジニアも参加しているのが特徴です。
資金調達では、マイルストーン達成に応じて資金が解放される方式で10億ドル超のシリーズAを実施しました。
主導したのは米ベンチャーキャピタルのゼネラル・カタリストで、これまでに設定された2段階のマイルストーンはすでに達成済みとされています。
また取締役会長には、Google元CEOのエリック・シュミット氏が就任していることも注目されています。
ニューメキシコ州に1000億円超の新拠点——8月24日に着工式典
同社は8月24日、ニューメキシコ州アルバカーキ近郊のメサ・デル・ソル地区で新拠点の起工式を行いました。
建設費は約10億ドルにのぼる研究・製造複合施設で、フルタイム従業員約200人の雇用を見込んでいます。
同社はすでに近隣のロスルナスでも部品製造拠点を稼働させており、現在73人の従業員のうち95%はニューメキシコ州出身者だといいます。
州や地元自治体は、20年間の税優遇を伴う7億7660万ドルの産業歳入債に加え、地域経済開発基金から1000万ドル、職業訓練奨励金として約400万ドルを拠出し、同社の誘致を後押ししました。
式典には地元選出のマーティン・ハインリッヒ上院議員やジョン・ヒッケンルーパー上院議員のほか、NNSA長官のブランドン・ウィリアムズ氏、サンディア国立研究所のローラ・マギル所長も出席しています。
- 建設費——約10億ドル(約1500億円)
- フルタイム雇用——約200人
- 産業歳入債——7億7660万ドル(20年間の税優遇)
- 地域経済開発基金——1000万ドル
技術の核心——「パルスパワー方式」で核融合点火に挑む
同社が採用するのは「パルスパワー方式」と呼ばれる核融合アプローチです。
これは強力な電気パルスを瞬間的に協調させて磁場を発生させ、鉛筆の消しゴム大の燃料カプセルを圧縮・加熱する手法です。
レーザーを用いる米国立点火施設(NIF)の慣性閉じ込め方式とは異なり、電気エネルギーを直接利用するため効率面で優位とされています。
今年6月に発表された3分の1スケールの試作機では、わずか80ナノ秒(1億分の8秒)の間にピーク出力440ギガワットを記録しました。
電圧は約1.1メガボルトに達し、複数の発生源からの電気パルスを1つの波形へ同期させる低コストのトリガー技術が、今回の成果の鍵になったとされています。
完成形のシステムは、同一構造のモジュールを156基連結する設計で、実証施設では1発あたり約100メガジュールという、NIFのおよそ10倍のエネルギーを生み出す計画です。
ただし商用発電炉として成立させるには、1秒間に1発という高頻度でこの反応を繰り返す必要があり、現時点の実証施設は1日数発にとどまっています。
核安全保障との二人三脚——サンディア国立研究所との協力関係
パシフィック・フュージョンのパルスパワー技術は、核兵器を管理するサンディア国立研究所からライセンスを受けたものです。
今回のアルバカーキの新拠点も、このサンディア国立研究所のすぐ隣に建設される予定です。
同研究所は核融合エネルギーの研究だけでなく、核兵器の安全性や信頼性を検証する高出力実験にも同じパルスパワー技術を活用しています。
つまり同社の技術開発は、民生用の発電と国家安全保障上の実験という2つの目的を同時に前進させる性格を持っています。
米エネルギー省傘下のARPA-E(先進エネルギー研究計画局)は今年4月、核融合の商用化に向けて1億3500万ドルの支援を発表しました。
これは同局が2014年に核融合分野へ参入して以降の累計投資額をも上回る、単年としては過去最大規模の集中投資です。
核融合技術が国家安全保障分野からも資金的・技術的な後押しを受けている構図は、開発競争を加速させる一因になっているとみられます。
商用化への道のり——2030年の施設内純利得、量産は2030年代半ば
同社が掲げる最初の大きな節目は、2030年までの施設内純利得の達成です。
これは核融合反応で発生するエネルギーが、反応を起こすために投入したエネルギーを上回る状態を指します。
商用炉の実現はその先の目標で、2030年代半ばの発電開始を目指すとしています。
米エネルギー省の集計によれば、同様に核融合の商業化を目指す企業は米国内だけで50社以上存在するとされています。
磁場でプラズマを長時間閉じ込める「トカマク」方式のコモンウェルス・フュージョン・システムズや、ヘリオン・エナジー、プロキシマ・フュージョンなどが有力な競合として挙げられます。
この中でパシフィック・フュージョンは、レーザー方式のNIFに次いで2例目となる「点火」の実証を狙う、数少ない慣性閉じ込め方式の企業という立ち位置にあります。
今年末までにはフルスケールのモジュール量産を開始する計画で、実証施設の完成度が今後1年の焦点になりそうです。
補足情報——核融合をめぐる世界の開発競争
核融合は、太陽が輝くのと同じ原理で軽い原子核同士を融合させ、莫大なエネルギーを取り出す技術です。
原子核が分裂する原子力発電とは異なり、高レベル放射性廃棄物を出さず暴走事故のリスクも低いとされ、次世代のクリーンエネルギー源として世界的な開発競争が進んでいます。
米国では2022年にNIFがレーザー方式で史上初めて「点火」に成功し、開発機運が一気に高まりました。
日本でも量子科学技術研究開発機構の「JT-60SA」や新興企業ヘリカルフュージョンなどが磁場閉じ込め方式の研究を進めており、京都フュージョニアリングは米国での実証施設建設にも参画しています。
ただしパシフィック・フュージョンのような「パルスパワー方式」に特化した企業は珍しく、独自の立ち位置を築いています。
まとめ——2030年の実証結果が今後の核融合開発を左右
パシフィック・フュージョンは10億ドル規模の資金と国家安全保障分野との連携を背景に、2030年の施設内純利得達成を目指して新拠点の建設を開始しました。
パルスパワー方式という独自技術と、Google元CEOのエリック・シュミット氏をはじめとする布陣が、業界内外から注目を集めています。
今年末に予定されるフルスケールモジュールの量産開始と、核融合企業50社以上がひしめく開発競争の行方が、当面の観察ポイントとなります。