米バークレー校、新手法で人類ゲノムの空白を解読
私たちのDNAには、ネアンデルタール人やデニソワ人だけでなく、化石すら見つかっていない「幽霊祖先(ゴースト・リネージ)」由来の遺伝情報が眠っていることが、米カリフォルニア大学バークレー校の研究チームによる新しい解析で明らかになりました。ScienceDaily、Live Science、Euronewsなど海外メディアが2026年7月30日発表の学術誌『Science』掲載論文を報じています。今回の研究では、これまで知られていなかった2種類の未知の人類系統が発見されました。
「幽霊祖先」とは何か——化石なきご先祖様
ゴースト・リネージ(幽霊系統)とは、化石や骨などの物的証拠が一切見つかっていないにもかかわらず、現生人類のDNAの中に痕跡だけが残されている、絶滅した人類系統を指す言葉です。従来の古人類学は、洞窟などで発掘された化石から直接DNAを抽出して解析する手法が主流でした。2010年にデニソワ人の存在が明らかになったのも、シベリアの洞窟で見つかったわずかな指の骨からDNAが抽出できたためです。しかし、化石そのものが見つかっていない系統については、これまでその存在を知る術がありませんでした。
今回の研究チームは発想を転換し、現代人のゲノムだけを解析することで、過去に交雑した未知の系統を逆算的に特定するという新しいアプローチを取りました。化石が朽ち果てて残らなかった地域や時代の人類についても、その痕跡を「見つける」ことが可能になった点が画期的です。
新解析手法「TRACE」——化石なしで祖先を追跡
研究チームが開発したのは「TRACE(TRacking Archaic Contributions via ARG Estimation)」と呼ばれる手法です。これは複数の現代人ゲノムを比較し、DNA配列がどのように受け継がれてきたかを示す系図(祖先組換えグラフ=ARG、世代を超えたDNAの組み換えの履歴を樹形図的に表したもの)を再構築することで、大昔に交雑した未知の系統の痕跡を浮かび上がらせる技術です。
研究を主導したプリヤ・ムールジャニ准教授は、「(人類の)系譜には、私たちの進化の歴史が刻み込まれている」と説明しています。この手法最大の利点は、古代DNAサンプルが一切なくても、現在生きている人々のゲノムデータだけで数十万年〜200万年前の交雑の痕跡を検出できる点にあります。これまでのように運良く発掘された化石を待つ必要がなく、既存の大規模ゲノムデータベースを解析するだけで新発見が期待できるため、今後の古人類学研究のスピードを大きく加速させる可能性があります。
発見された2つの系統——アフリカ由来と「超古代型」
今回特定された未知の系統は以下の2つです。
- アフリカ系ゴースト系統:約80万年前に人類の系統から分岐し、5万年以上前にアフリカで現生人類と交雑したとみられる系統。現代人のゲノムの約1%を占め、この割合はネアンデルタール人由来のDNA比率とほぼ同水準です。興味深いことに、アフリカ系・非アフリカ系を問わず、現代人は誰でもこの系統由来のDNAを0.5〜1%程度受け継いでいます。
- 「超古代型(スーパーアーケイック)」系統:約180万年前まで遡る、さらに古い系統。20万年以上前にユーラシア大陸でデニソワ人と交雑し、そのデニソワ人が後に現生人類と交雑したことで、間接的にその痕跡が現代人にも伝わったと考えられています。主にオセアニアの集団のゲノムから検出されました。
これらを合わせると、現代人のゲノムの約2%が、既知のネアンデルタール人・デニソワ人以外の未知の絶滅系統に由来するという計算になります。とりわけ「超古代型」系統は、人類がまだアフリカを出る以前、200万年近く前に枝分かれした系統であることを踏まえると、私たちの想像以上に古い時代から複数の人類系統が並存し、出会い、交雑を繰り返していたことになります。
なぜ重要なのか——「一本の樹」から「複雑な網」へ
これまで人類進化の系統図は、共通祖先から枝分かれする一本の「樹」のようなイメージで語られることが多くありました。しかし今回の発見は、実際の人類進化がそれよりもはるかに複雑だったことを示唆しています。ムールジャニ准教授は「人類集団間の混血は、時代を通じて極めて広範囲に起きていた」と述べており、複数の絶滅系統が入り乱れて交雑を繰り返した、いわば「網の目」状の進化史だった可能性が浮上しています。
この見方が正しければ、私たちが「単一の種としてのホモ・サピエンス」と考えてきた現生人類は、実は数十万年にわたり複数の人類系統から遺伝子を取り込みながら形成されてきた、いわば「モザイク的な存在」だったことになります。研究チームは今後、TRACE手法をアフリカ・アジア・南米など、これまで解析対象になりにくかった多様な集団のゲノムにも適用する方針で、他にも未発見のゴースト系統が次々と見つかる可能性があると見ています。
今後の課題——化石なき仮説をどう検証するか
もっとも、TRACE手法にも限界はあります。化石という物的証拠を伴わない以上、ゴースト系統の存在はあくまで現代人ゲノムの統計的パターンから推定された「間接証拠」にとどまり、その姿形や生活様式、絶滅の経緯などは依然として謎のままです。研究チーム自身も、今回の推定を裏付けるためには、将来的に対応する化石が発見されることが望ましいとしています。それでも、これまで手つかずだった空白地帯に統計的な「地図」を描いた意義は大きく、他の研究グループが独自にゲノムデータを解析し、追試を行うことが今後の焦点になるとみられます。
補足情報
これまでに確認されている代表的な絶滅人類系統には、2010年に化石DNA解析で存在が判明したデニソワ人があります。デニソワ人由来のDNAは、パプアニューギニアなどオセアニアの集団で最大4〜5%を占めることが知られています。また、ネアンデルタール人由来のDNAは非アフリカ系集団のゲノムの約1〜2%を占めるとされています。今回発見された2系統は、これらに次ぐ「第3・第4の絶滅人類」の存在を示すものとして注目されており、研究成果は査読付き学術誌『Science』に2026年7月30日付で掲載されました。
まとめ
米バークレー校の研究チームは、新解析手法「TRACE」を用いて、現代人のゲノムに化石なき2つの「幽霊祖先」の痕跡を発見しました。アフリカ系ゴースト系統と超古代型系統を合わせると、現代人のDNAの約2%が未知の絶滅人類に由来することになります。人類進化史は単純な系統樹ではなく複雑な交雑のネットワークだったとする見方が強まっており、今後さらに多くの「見えないご先祖様」が発見されるか注目されます。