米欧の気候モデルが見落としてきた「自然由来の追加排出」を初めて定量化
米スタンフォード大学やウッドウェル気候研究センターなどの国際研究チームが、永久凍土の融解や山火事、湿地から自然発生する温室効果ガスが今世紀の温暖化を最大30%押し上げる可能性があると発表しました。
米科学ニュースサイトPhys.orgや米イェール大学運営のイェール・エンバイロメント360、Gizmodoが報じたところによると、こうした「気候フィードバックループ」は既存の気候政策モデルにほとんど反映されておらず、研究チームは各国のカーボンバジェット(温暖化を一定水準に抑えるために残された排出許容量)の見直しを求めています。
研究の概要——見過ごされてきた「隠れた増幅装置」
今回の研究は、スタンフォード大学のロバート・ジャクソン教授や気候科学スタートアップ「スパーク・クライメート・ソリューションズ」のサム・アバネシー博士、ウッドウェル気候研究センターのクリスティーナ・シェーデル博士らが中心となり、学術誌「Environmental Research Letters」に発表しました。
研究チームは、人間活動による温室効果ガス排出とは別に、温暖化そのものが引き金となって自然界から追加的に放出される温室効果ガスの量を初めて体系的に定量化しました。
その結果、こうした「温暖化誘発性排出」が今世紀末までに地球の気温をさらに0.2〜0.4度、割合にして人為的な温暖化の20〜30%程度押し上げる可能性があると判明しました。
排出削減が遅れる高排出シナリオでは、この増幅幅が最大0.6度に達するとの試算も示されています。
ジャクソン教授は「永久凍土や湿地、山火事からの排出は、気温上昇の残り時間を確実に削り取る要因だが、多くのシナリオでは考慮されていない」と指摘しています。
気候科学の世界では数十年前から「温暖化が自然の炭素循環を狂わせ、さらなる温暖化を招く」という懸念自体は存在していましたが、その規模を具体的な数値として示した研究は今回が初めてとされます。
スパーク・クライメート・ソリューションズのベンジャミン・ポーラット博士は「40年前から科学界はこうした“驚き”が起こりうると警告してきたが、今まさにそのフィードバックが現実になりつつある」と述べています。
温暖化を加速させる4つの自然由来の排出源
研究チームが分析対象としたのは、永久凍土の融解、湿地・湖沼からのメタン放出、内陸水域、そして山火事という4つの自然由来の排出源です。
- 永久凍土の融解:凍結土壌に閉じ込められていた有機物が微生物により分解され、二酸化炭素やメタンとして大気中に放出される
- 湿地・湖沼:気温上昇で微生物の活動が活発化し、メタンの発生量が増加する
- 内陸水域:河川や湖の水温上昇が温室効果ガスの放出を促進する
- 山火事:高温・乾燥化により大規模火災が増加し、森林や土壌に蓄積された炭素が一気に大気中へ放出される
これらは人間が直接排出しているわけではないものの、人為的な温暖化が引き金となっている点で「間接的な人為排出」と位置付けられます。
実際、世界の山火事による二酸化炭素排出量は2001年以降で60%増加しており、北極圏のツンドラ(永久凍土地帯に広がる寒冷地の植生帯)は数千年にわたり炭素を蓄積する「吸収源」だった状態から、近年は放出源へと転じつつあります。
研究チームの試算では、2100年時点でこれら4つの排出源による二酸化炭素量は現在の発電・建築部門の排出量に匹敵し、メタン量はアジアと北米の化石燃料由来メタンの合計に匹敵する規模まで膨らむ可能性があるといいます。
なぜ既存の気候モデルはこれを見落としてきたのか
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新評価で使われた11の気候モデルのうち、山火事・湿地・永久凍土の3つの排出源をすべて組み込んでいたモデルは1つもありませんでした。
山火事の排出を考慮していたモデルは5つ、永久凍土の融解を考慮していたモデルはわずか2つにとどまっていました。
パリ協定をはじめとする国際的な気候目標は、化石燃料の燃焼や農業など人間が直接コントロールできる排出源を基準に設計されてきたためです。
アバネシー博士は、こうした自然由来の追加排出を「気候政策を導くモデルに欠けていた隠れた乗数」と表現しています。
英気象庁のクリス・ジョーンズ博士も「温暖化フィードバックは、後戻りできない可能性がある点でパリ協定の目標超過リスクをさらに高める」と警告しています。
モデル化が難しい理由の一つは、永久凍土や湿地の反応が地域ごとに大きく異なり、観測データ自体が限られていることにあります。
カーボンバジェットと2度目標への影響
研究チームは、この「隠れた増幅」を無視したまま気候対策を進めれば、気温上昇を2度未満に抑えるまでの残り時間が最大で25%短縮される恐れがあると試算しています。
環境防衛基金(EDF、気候・環境問題に取り組む米NGO)のブライアン・ブーマ博士は「大気中に排出されるすべてのガスを計上しなければ、対策は最初から手足を縛られたようなものになる」と述べています。
重要なのは、化石燃料由来の排出を早期に減らすほど、こうした自然由来のフィードバックそのものも抑えられるという点です。
つまり人為的排出の削減は、直接的な効果に加え、自然由来の悪循環を断つという「二重の効果」を持つことになります。
研究チームは今後、2029年末に予定されるIPCCの次期評価報告書に、こうした「温暖化誘発性排出」を反映させることを目指しています。
そのためには、各国の温室効果ガス排出目録に自然由来の追加排出を計上する統一的な基準づくりや、衛星・地上観測の拡充が課題になるとみられています。
永久凍土と山火事にまつわる基礎知識
永久凍土は北半球の陸地面積のおよそ4分の1を覆っており、シベリアやアラスカ、カナダ北部に広く分布しています。
永久凍土の融解は地盤沈下を引き起こし、道路や建物、パイプラインなどのインフラに深刻な被害を及ぼすことでも知られています。
北極圏の気温上昇のペースは世界平均の3倍以上とされ、他の地域より早く変化の影響が表面化しやすい点も特徴です。
対策としては、永久凍土地帯に植生の「毛布」をかぶせて融解の進行を遅らせる実験や、アフリカの湿地にメタンセンサーを設置して排出量を直接観測する取り組みなどが各地で進められています。
日本も2050年のカーボンニュートラルを掲げていますが、今回のような自然由来の追加排出が今後の国際的な削減目標の前提条件に組み込まれれば、各国により踏み込んだ対策が求められる可能性があります。
まとめ——今後注目すべきポイント
今回の研究は、永久凍土や山火事など自然由来の温室効果ガス排出が、今世紀の温暖化を最大30%、シナリオによっては0.6度押し上げる可能性を具体的な数値で示しました。
この「隠れた増幅装置」が国際的な気候政策や各国の排出目標にどう反映されていくかが、今後の焦点となります。
2029年末に予定される次期IPCC評価報告書での扱いや、永久凍土地帯・山火事地域における追加観測データの蓄積に注目が集まります。