2025年6月、ニュージーランド議会で前例のない出来事が起きました。
マオリ系政党「テ・パティ・マオリ」の3人の議員が、議場で伝統舞踊「ハカ」を披露し、抗議の意思を示したことで、最長21日間の出席停止処分を受けたのです。
背景には、同国の建国の根幹である「ワイタンギ条約」の原則を再定義しようとする法案への強い反発がありました。
この処分は国内外で大きな議論を呼び、SNSでも賛否が渦巻いています。
本記事では、事件の詳細、社会的背景、そして現代ニュージーランドにおけるマオリの声の重みについて、データや事例を交えながら深掘りします。
ハカ抗議の経緯と議会処分の全貌
2024年11月、ニュージーランド議会で「ワイタンギ条約原則法案(Treaty Principles Bill)」の審議中、野党議員ハナ=ラウィティ・マイピ=クラーク氏が中心となり、伝統舞踊「ハカ」を披露しました。
この行動は、同法案がマオリの権利を脅かすものだとして抗議の意思を示すものでした。
ハカは本来、歓迎や祝福、または抗議の場で披露されるマオリの伝統舞踊で、ニュージーランドのラグビーチーム「オールブラックス」のパフォーマンスでも有名です。
この抗議に対し、議会の特権委員会は「他の議員を威圧する可能性があった」として、マイピ=クラーク氏に7日間、共同党首のラウィリ・ワイティティ氏とデビー・ンガレワ=パッカー氏には21日間という、過去最長となる出席停止処分を決定しました。
従来の最長処分はわずか3日間であり、今回の厳罰は異例中の異例です。
議会では与野党を巻き込んだ激しい議論が展開され、マイピ=クラーク氏は「私たちの声がこの議場には大きすぎるのか、それが処分の理由なのか」と涙ながらに訴えました。
この出来事は、ニュージーランド史上初めてマオリ議員が伝統文化を理由に長期間議会から排除される事態となり、国内外のメディアや専門家からも注目を集めています。
ワイタンギ条約原則法案とは――マオリと国家の根幹を揺るがす争点
今回の抗議の発端となったのが「ワイタンギ条約原則法案」です。
1840年に締結されたワイタンギ条約は、イギリス王室とマオリの首長たちが結んだニュージーランドの建国条約であり、マオリの権利と土地所有を保証する重要な法的基盤です。
しかし、保守系政権の下で提出されたこの法案は、「条約の原則」を明文化し直すことで、現行のマオリ優遇政策や先住民権益の見直しを図るものでした。
法案の支持者は「人種による分断をなくし、多文化社会にふさわしい解釈が必要」と主張する一方、反対派は「マオリの権利が骨抜きにされ、社会的分断が深まる」と強く反発しました。
この法案は国内で大規模な抗議運動を巻き起こし、9日間にわたる「ヒーコイ(平和行進)」には最終的に4万人以上が参加。
議会前では歴史的な規模のデモが展開されました。最終的に法案は112対11で否決され、廃案となりましたが、マオリと政府の関係に深い亀裂を残しました。
議会処分への社会的・政治的反響
今回の議会処分は、ニュージーランド社会に大きな波紋を広げました。
野党や一部の与党議員、さらには専門家からも「処分が重すぎる」「文化的表現への抑圧だ」といった批判が相次ぎました。
SNS上では、「#StandWithMaori」や「#LetThemHaka」といったハッシュタグが拡散され、多くの市民がマオリ議員への連帯を表明。
X(旧Twitter)では「ハカは威圧ではなく、誇りと団結の象徴だ」「多様性を尊重しない議会に未来はない」といった投稿が目立ちました。
一方で、「議会のルールは守るべき」「政治の場での抗議は慎むべき」といった冷静な意見も見られ、社会の分断も浮き彫りになりました。
また、与党のクリストファー・ラクソン首相は「これはハカ自体の問題ではなく、議会ルールを守らなかったことが問題」と強調し、処分の正当性を主張しましたが、マオリコミュニティからは「文化的表現への理解不足」との批判が止みません。
マオリの権利と現代ニュージーランド社会
ニュージーランドはこれまで、先住民マオリの権利尊重や多文化共生の先進国として国際的に高く評価されてきました。
しかし、近年は保守政権によるマオリ向け政策の縮小や、健康・教育分野での格差是正プログラムの廃止など、マオリコミュニティとの関係悪化が指摘されています。
今回の事件は、単なる議会内の規律問題にとどまらず、マオリの文化的アイデンティティや政治参加のあり方、そして多様性社会の未来を問う象徴的な出来事となりました。
専門家は「マオリの伝統や価値観が議会という公式な場でどこまで認められるのか、今後の社会的議論が不可欠だ」と分析しています。
SNS・インターネット上の反応
今回のハカ抗議と議会処分は、インターネット上でも大きな議論を呼びました。
X(旧Twitter)では、#LetThemHaka や #MaoriRights などのハッシュタグがトレンド入りし、国内外の著名人や一般市民が意見を表明しています。
- 支持派:「ハカはニュージーランドの誇り。多様性を守るべきだ」「マオリの声を封じることは、民主主義の否定だ」
- 批判派:「議会は厳粛な場。ルールを守るべき」「抗議の場と議会は分けるべきだ」
YouTubeやTikTokでも、抗議ハカの映像が数百万回再生され、多くのコメントが寄せられています。海外メディアも「文化的表現の抑圧」として取り上げ、国際的な注目度が高まっています。
ハカとマオリ文化の現代的意義
ハカは、もともと戦いや歓迎の場で披露されるマオリの伝統舞踊(ダンスと詠唱を組み合わせた儀式)です。
現代ではラグビーの試合前や卒業式、葬儀など幅広い場面で行われ、ニュージーランドの国民的アイデンティティの一部となっています。
しかし、政治や社会運動の場でのハカは、「威圧的」と受け取られることもあり、今回のような議論を生みやすい側面もあります。
専門家は「ハカは誇りと団結、そして抵抗の象徴。多文化社会における共存のあり方を考える契機となる」と指摘しています。
また、今回の事件をきっかけに、教育現場や職場でのマオリ文化の扱いについても再考が求められています。
まとめ
今回のハカ抗議と議会処分は、ニュージーランド社会に「多様性」 「マオリの権利」 「議会の規律」という3つの重要な問いを投げかけました。
伝統と現代、文化と政治、少数派と多数派のせめぎ合いは、今後も続くでしょう。読者の皆さんも、この出来事をきっかけに「文化的表現の自由」と「社会のルール」のバランスについて考えてみてはいかがでしょうか。
ニュージーランドの未来を左右する議論は、今まさに始まったばかりです。