アリの子育ては「空腹」から進化?6万個の神経細胞で謎を解明、米研究

空腹シグナルの使い回しで子育て行動が進化、米研究チームが解明

アリはなぜ幼虫の世話をするのでしょうか。米ロックフェラー大学の研究チームが、その答えの一端を脳内の化学物質に見出しました。もともと空腹を伝えるために使われていた神経ペプチド(神経細胞同士が情報をやり取りする際に使う小さなタンパク質)が、子育て行動のスイッチとしても流用されていたのです。サイエンスデイリー(ScienceDaily)、フィズ・オルグ(Phys.org)などの報道をもとに、この研究の内容と意味を解説します。

6万個の神経細胞から見つかった「子育てスイッチ」

研究チームが対象としたのは、単為生殖(オスなしで卵から新しい個体が生まれる繁殖方法)で増える「クローンレイダーアリ」です。このアリは、若い個体が巣の中で幼虫の世話をし、年齢を重ねると巣の外へ出て餌を探す側に回るという、はっきりした役割分担を示す性質があり、行動の切り替わりを調べる実験モデルとして適していました。

研究チームはまず、アリの脳から70種類の神経ペプチドを特定・合成し、それぞれを個体に投与して幼虫の世話への影響を1つずつ検証しました。さらに、1匹のアリと1匹の幼虫を組み合わせ、その世話行動を自動で記録する実験系を構築し、何百通りものやり取りを解析しています。アリの脳の神経細胞はおよそ6万個で、哺乳類(マウスで約1億個)に比べてはるかに単純な構造であることも、メカニズム解明を後押ししました。

「空腹ホルモン」が幼虫の世話を促していた

解析の結果、鍵を握る2種類の神経ペプチドが浮かび上がりました。神経ペプチドF(NPF)は幼虫の世話行動を促進し、逆にアラトスタチンA(AstA)は採餌行動を後押しして世話行動を抑制する働きを持っていました。

  • 若いアリ:NPFが多く、AstAが少ない → 巣の中で幼虫の世話をする
  • 年を重ねたアリ:NPFが少なく、AstAが多い → 巣の外で餌を探す

さらに興味深いのは、この2つの物質がもともと空腹の感知に関わる分子だという点です。研究チームが餌を与えたアリと、あえて絶食させたアリを比較したところ、空腹状態のアリではNPFが増え、AstAが減少し、世話行動が活発化するという結果が得られました。つまり、空腹を感じる仕組みそのものが、幼虫を世話するかどうかの判断にも流用されていたことになります。

進化は「ゼロから作らず、あるものを使い回す」

研究を率いたダニエル・クロナウアー教授(社会性進化・行動研究室)は、「進化は手持ちの材料を使って物事を進める。そのやり方は時に驚くほど巧妙だ」と述べています。今回の発見は、複雑な社会的行動が必ずしもまったく新しい脳機能として一から作られるわけではなく、空腹や満腹感といった、もっと原始的で古くからある神経回路が転用・改変されることで生まれうることを示す一例だと言えるでしょう。

この視点は、生物の進化を考えるうえで示唆に富みます。新しい行動が現れるたびに新しい脳の仕組みがゼロから作られるとすれば、進化のコストは非常に大きくなります。既存の回路を「使い回す」仕組みがあれば、比較的少ない変化で新しい社会的行動を獲得できる可能性があり、これはアリに限らず様々な生物に共通する進化の一般原則である可能性があります。

哺乳類の子育て、そして人間の脳への示唆

NPFやAstAに近い仲間の神経ペプチドは、実は哺乳類の脳にも存在し、摂食行動や社会行動の調節に関わっていることが知られています。研究チームは、アリと哺乳類が進化的に大きく離れているにもかかわらず、子育てに関わる分子の仕組みに共通点が見られることから、動物界全体で「空腹の回路を子育てに転用する」という共通の生物学的戦略が使われてきた可能性を指摘しています。

アリの脳は神経細胞が6万個程度とシンプルなため、哺乳類の脳(神経細胞は数十億〜数百億個規模)よりもメカニズムを特定しやすいという利点があります。今回のような知見の蓄積は、将来的に人間を含む哺乳類で、加齢に伴い養育行動や社会的関心がどのように変化していくのかを理解する手がかりにもなり得ると期待されています。

補足情報

クローンレイダーアリは、南〜東南アジア原産のアリの一種で、女王アリを持たずメスの働きアリだけの単為生殖で増える珍しい生態から、行動遺伝学の研究で近年よく使われるモデル生物です。今回の成果は学術誌「ネイチャー(Nature)」に掲載されました。神経ペプチドは、神経伝達物質と同様に神経細胞間の情報伝達を担う分子ですが、より広範囲かつ持続的に作用し、空腹や生殖、社会行動など幅広い生理現象を調整することが知られています。

まとめ

米ロックフェラー大学の研究チームは、クローンレイダーアリの脳内で、空腹を伝える神経ペプチドNPFとAstAが、幼虫の世話行動のオン・オフを切り替えるスイッチとしても機能していることを突き止めました。進化が既存の神経回路を使い回して新しい社会的行動を生み出しうるという今回の知見は、アリだけでなく哺乳類や人間の子育て行動の起源を理解するうえでも、今後の研究の広がりが注目されます。

出典:
ScienceDaily
Phys.org
The Rockefeller University

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