耳から発見された薬剤耐性真菌、米医療現場で急拡大中
米疾病対策センター(CDC)への報告によると、薬剤耐性を持つ真菌「カンジダ・アウリス」の感染例が2026年に入り米国23州で3000件を超えたことが分かりました。Healthlineやジ・ヒルなど米メディアが報じたところでは、テキサス州だけで706件、ミシガン州503件、イリノイ州366件に達しており、増加ペースは過去数年で加速しています。実はこの病原体、世界で初めて発見されたのは日本の病院だったことをご存じでしょうか。
米国で何が起きているのか——3000件超の内訳
CDCの集計では、2026年だけで米国23州から3000件超のカンジダ・アウリス感染例が報告されています。州別ではテキサス州が706件と最多で、以下ミシガン州503件、イリノイ州366件と続きます。これは全米50州のほぼ半数に感染が広がっている計算になります。
増加傾向は今回が初めてではありません。CDCの統計を振り返ると、臨床報告件数は次のように推移してきました。
- 2022年:2882件
- 2023年:4428件
- 2024年:6197~6304件(CDC公式統計)
さらに、保菌の有無を調べる「スクリーニング検査」の陽性件数は2022年から2024年のわずか2年間で約6000件から1万2000件へと倍増しました。この数字は、実際に発症していない保菌者を含めた潜在的な感染源が医療施設内に着実に広がっていることを示しており、専門家の間では単なる報告件数の増加以上に、感染管理上の警戒対象として扱われています。
カンジダ・アウリスとは何か——発見の舞台は日本だった
カンジダ・アウリス(Candidozyma auris、旧学名Candida auris)は、血流に入り全身に広がることがある酵母様真菌(カビの仲間)です。学名の「アウリス」はラテン語で「耳」を意味しますが、これは2009年に日本国内の病院に入院していた女性患者の外耳道分泌物から世界で初めて分離・命名されたという経緯に由来します。当時は局所的な珍しい症例として報告されるにとどまりましたが、その後世界各地で相次いで検出されるようになり、米国では2016年に初めて確認されました。
発見からわずか十数年で世界的な脅威に成長した点は、新興感染症の広がり方として異例です。専門家の一人であるスーザン・フアン氏(Dr. Susan Huang)は「世界的に急速に出現し、米国内で広がる速さは憂慮すべきものだ」と指摘しています。もっとも、ウィリアム・シャフナー氏(Dr. William Schaffner)は「これは慢性疾患を抱え、介護施設や病院にいる人々の間で拡大している問題であり、一般市民の間で広がっている問題ではない」とも述べており、市中感染ではなく医療関連感染(病院や介護施設内での感染)が中心である点が強調されています。
なぜ危険なのか——薬剤耐性のメカニズムと致死率
カンジダ・アウリスが「スーパーバグ(超耐性菌)」と呼ばれる最大の理由は、既存の抗真菌薬に対する耐性の高さです。研究報告によれば約9割の株が少なくとも1系統の抗真菌薬に耐性を持ち、中には主要な3系統(アゾール系、ポリエン系、エキノキャンディン系=細胞壁合成を阻害する抗真菌薬)すべてに耐性を示す「汎耐性株」も存在します。治療では通常エキノキャンディン系薬剤が第一選択となりますが、耐性株には複数の抗真菌薬を高用量で併用する必要があり、治療の選択肢は限られています。
致死率についても看過できない数字が示されています。感染者の30~70%が死亡するとの報告があり、これは基礎疾患を抱える患者が多いことを差し引いても高い水準です。加えてこの真菌は、医療器具や病室の家具など無機物の表面で数週間にわたって生存できるとされ、カテーテルや人工呼吸器のチューブ、点滴ラインを介して患者から患者へと伝播します。回復後も数か月にわたって保菌が続き、他者への感染源となり得る点も、院内感染対策を難しくしている要因です。
誰が感染しやすいのか——高齢者と医療脆弱層に集中
CDCのデータによると、臨床感染例の88%が45歳以上の患者に集中しており、性別では男性が多数を占めています。感染の場としては急性期医療施設(総合病院の集中治療室など)が中心です。特にリスクが高いとされるのは以下のような人々です。
- 糖尿病を抱える患者
- 白血病・リンパ腫など血液がんの治療中の患者
- 免疫不全状態にある患者
- 介護施設(ナーシングホーム)の入居者
- 入退院を繰り返している患者
ピーター・チンホン氏(Dr. Peter Chin-Hong)は「一般市民がパニックになる必要はないが、警戒すべき事態ではある」と述べています。健康な人が日常生活で感染するリスクは低い一方、医療現場では個室隔離、手指衛生の徹底、医療従事者のガウン・手袋着用、迅速な菌種同定検査体制の整備など、CDCが推奨する対策の実効性が問われる局面に入っていると言えます。
今後の見通しと注目点
今回の報告が示すのは、カンジダ・アウリスが一過性の局所的アウトブレイクではなく、複数年にわたり指数的に拡大し続けている全米規模の課題だという点です。2022年の2882件から2024年の6000件超へと、わずか2年で倍増した増加ペースが2026年も続けば、報告州数・症例数のさらなる更新は避けられないとみられます。米国内の医療機関がいかに迅速に検査体制と隔離プロトコルを整備できるかが、今後の拡大ペースを左右する分かれ目になりそうです。
また、今回の一連の報道で改めて注目されているのが、この病原体が2009年に日本国内の一病院で偶然発見されたという出発点です。当初は世界のどこにでも起こり得る珍しい局所的症例として扱われましたが、その後わずか十数年で複数大陸にまたがる医療課題へと発展した経緯は、新興感染症が国境や年月を超えて拡大しうることを象徴しています。日本国内の医療機関にとっても、海外での急拡大は院内感染対策や検査体制を見直す契機となり得るでしょう。
豆知識——カンジダ・アウリスをめぐる背景
世界保健機関(WHO)は2022年、カンジダ・アウリスを真菌の中で最も警戒すべき「重大群(Critical Group)」の病原体の一つに指定しています。日本国内でも過去に散発的な検出例が報告されていますが、今回のような大規模な地域拡大は米国特有の状況とされています。なお和名では「耳カンジダ」と呼ばれることもありますが、感染部位が耳に限定されるわけではなく、血流や尿路など全身の様々な部位で感染を引き起こす点には注意が必要です。近縁種のカンジダ・アルビカンスなどは口腔内や消化管に常在する身近な真菌ですが、カンジダ・アウリスは自然界での生息場所が特定されておらず、その起源自体が今も研究者の間で議論されています。
まとめ
カンジダ・アウリスは2009年に日本の病院で世界初確認されて以降、2016年の米国上陸を経て、2026年には23州・3000件超まで拡大しました。約9割の株が抗真菌薬に耐性を持ち、致死率は30~70%とされる一方、感染は主に医療・介護施設の脆弱な患者層に集中しています。過度に恐れる必要はないものの、医療現場の感染対策の実効性、そして各国が同様の耐性菌の出現をどう監視していくかは、今後も注目すべきテーマです。
出典:
Healthline
CDC – Candida auris
Microbiology and Immunology (Satoh et al., 2009年 原著論文)