銀河系最強の粒子加速器、LHCの140倍のエネルギーを生む天体の正体
宇宙から降り注ぐ宇宙線の中には、なぜ人工の加速器をはるかに超えるエネルギーを持つ粒子が存在するのか——1912年の発見以来続くこの謎に、広島大学が率いる国際研究チームが新たな答えを示しました。
米科学ニュースサイトScienceDailyや広島大学の発表、phys.orgによると、研究チームは複数の観測装置のデータを統合し、わし座方向にある天体「LHAASO J1912+1014u」が、陽子を1000兆電子ボルト(1ペタ電子ボルト、PeV)超まで加速する「陽子ペバトロン」であることを突き止めたといいます。
「ペバトロン」とは何か——100年来の宇宙線ミステリー
宇宙線(うちゅうせん。宇宙空間を飛び交う高エネルギーの陽子や原子核などの粒子)は1912年、オーストリアの物理学者ヴィクトール・ヘスが気球実験で発見しました。
以来、その一部が1000兆電子ボルト(1PeV)という桁外れのエネルギーを持つことが分かっていましたが、銀河系内のどんな天体がそれほどの高エネルギーまで粒子を加速しているのかは、長年特定されていませんでした。こうした天体は英語で「PeVatron(ペバトロン)」と呼ばれます。
加速器を意味する「アクセラレーター」に、エネルギー単位PeVを組み合わせた造語で、いわば銀河系版の”天然粒子加速器”です。
広島大学宇宙科学センターの水野恒史准教授らのチームは今回、2024年に発見されたばかりの天体「LHAASO J1912+1014u」(わし座、夏の大三角の一角をなす恒星アルタイルの近傍に位置)に着目しました。
発見当初は超新星残骸の一種とみられていましたが、100兆電子ボルトを超えるガンマ線が観測されたことで、正体不明の高エネルギー天体として注目を集めていました。
「三本の矢」の分析手法——広島大学チームの決め手
研究チームは、単一の観測データだけでは天体の正体を絞り込めないと判断し、性質の異なる複数の望遠鏡・観測装置のデータを組み合わせる手法を採用しました。
具体的には、NASAのガンマ線衛星「Fermi-LAT」(ギガ電子ボルト=GeV帯を観測)、日中共同の「Tibet AS-gamma実験」と中国の大型観測施設「LHAASO」(テラ電子ボルト=TeV帯を観測)、野辺山45m電波望遠鏡による銀河面ガス調査「FUGIN」、さらにX線観測衛星「チャンドラ」のデータを統合して解析しています。
水野准教授は日本のことわざになぞらえ、「矢は一本なら折れやすいが、三本束ねれば折れにくい」と、複数の観測手法を組み合わせることの重要性を説明しています。
単独の望遠鏡では electron(電子)加速か proton(陽子)加速か判別できなかった天体の正体が、多波長データを束ねることで初めて明らかになったといえます。
陽子か電子か——決め手となった3つの証拠
解析の結果、研究チームはLHAASO J1912+1014uが電子ではなく陽子を加速する「陽子ペバトロン」である可能性が高いと結論づけました。決め手となったのは、主に次の3つの観測事実です。
- ガンマ線のエネルギー分布が4億電子ボルトから100兆電子ボルト超まで滑らかにつながっており、電子加速では説明が難しい形状を示していたこと
- GeV帯のガンマ線が広がる領域が、FUGINの電波観測で分かった星間ガスの分布とよく一致しており、陽子が周囲のガスに衝突してガンマ線を生む「陽子ペバトロン」のシナリオを裏付けていたこと
- チャンドラによるX線観測で、電子加速なら強く放射されるはずのシンクロトロンX線がほとんど検出されなかったこと
電子加速の場合、高エネルギー電子は磁場中でエネルギーを急速に失うため、これほど滑らかで広いエネルギー帯にわたる放射を維持するのは物理的に難しいとされています。
3つの独立した証拠がそろって陽子加速シナリオを支持したことで、今回の同定は高い信頼性を持つ結果として学術誌The Astrophysical Journalに掲載されました。
LHCの140倍——人類最大の加速器を凌駕するエネルギー
今回確認された1PeV超というエネルギーがどれほど桁外れかは、人類最大の加速器と比較すると分かりやすいでしょう。スイスとフランス国境に広がる周長27kmの円形加速器「LHC(大型ハドロン衝突型加速器)」は、陽子を光速近くまで加速できる人類最強の実験装置ですが、その到達エネルギーは1陽子あたり最大でも約7兆電子ボルト(7TeV)にとどまります。
LHAASO J1912+1014uが生み出す1000兆電子ボルトは、このLHCの約140倍にあたる計算です。地球上にどれほど巨大な施設を建設しても到底届かないエネルギー領域を、自然界の天体はいとも簡単に作り出していることになります。
こうした超高エネルギー宇宙線は、銀河系内の磁場構造の形成や、星間ガスの電離・加熱といった現象にも影響を及ぼすと考えられており、単なる高エネルギー物理の話にとどまらず、銀河そのものの進化を理解する上でも重要な意味を持ちます。
今後の展望——銀河に潜む”天然加速器”の全貌解明へ
研究チームによれば、Tibet AS-gammaやLHAASOの観測網からは、LHAASO J1912+1014u以外にも、同様に100兆電子ボルトを超えるガンマ線を放つ候補天体が銀河系内に数十個見つかっているといいます。
研究チームは今後、今回と同じ多波長解析の手法をこれらの候補にも適用し、それぞれがどのような種類の天体(超新星残骸なのか、パルサー風星雲なのか、大質量星形成領域なのか)に対応するのかを一つずつ明らかにしていく方針です。
銀河系の宇宙線の大部分がどこから来ているのかという1912年以来の根本的な謎が、こうした地道な積み重ねによって解けていく可能性があります。
豆知識:もっと謎めいた宇宙線「アマテラス粒子」
宇宙線研究の分野では、今回のPeV(ペタ電子ボルト)帯とは別に、さらに桁違いのエネルギーを持つ粒子も見つかっています。2021年に米ユタ州の観測施設が検出した「アマテラス粒子」は、244エクサ電子ボルト(PeVのさらに10万倍近い単位)という史上最大級のエネルギーを記録しましたが、飛来方向をさかのぼっても発生源となる天体が見当たらず、今も起源不明のままです。
今回のLHAASO J1912+1014uのように、多波長データを駆使して発生源そのものを特定できたケースはまだ数えるほどしかなく、宇宙線という現象は発見から100年以上たった今も、その大半が起源不明のまま残されている謎多き研究分野なのです。
まとめ
広島大学の水野恒史准教授らの国際研究チームは、5つの異なる観測データを統合し、わし座の天体「LHAASO J1912+1014u」がLHCの約140倍のエネルギーで陽子を加速する「陽子ペバトロン」であることを突き止めました。
1912年のヘス以来続く「銀河系最高エネルギーの宇宙線はどこで生まれるのか」という謎の解明に、大きな一歩を刻んだ成果です。銀河系内には同様の候補天体が数十個見つかっており、続報が注目されます。