送電網を通さず発電所から直結、Project Kilbyの狙いとは
2026年7月1日、英国の電力大手ナショナルグリッドの投資部門が、米国のエネルギー企業Joulentに17.5億ドル(約2600億円)を投資すると発表しました。
目的は、生成AIの普及で急増するデータセンターの電力需要に応えることです。
注目すべきは、電力を一般の送電網を通さず、発電所からデータセンターへ直接送る新しい仕組みです。
National Grid Venturesの公式発表とEastern Heraldの分析、Global Banking & Financeの報道をもとに、その狙いを読み解きます。
発表の概要 – 17.5億ドルで得る35%の権益
今回の投資主体は、ナショナルグリッド本体ではなく、その商業部門であるナショナルグリッド・ベンチャーズ(NGV)です。
NGVは米国のエネルギー企業Joulent(ジューレント)の株式35%を17.5億ドルで取得し、戦略的パートナーシップを結びました。
Joulentは、データセンターなど大量の電力を必要とする顧客向けに、ガス発電・蓄電池・再生可能エネルギーを組み合わせた電力インフラを開発する新興企業です。
設立から日が浅いにもかかわらず、大手電力会社であるナショナルグリッドが多額の資本を投じる決断をした点に、AI関連インフラ市場の過熱ぶりがうかがえます。
ナショナルグリッドのゾーイ・ユジノビッチCEOは、今回の投資について「AI主導の大規模電力需要という経済圏における、規律ある、パートナー主導の重要インフラ投資だ」と説明しています。
単なる財務投資にとどまらず、Joulent創業者のクリス・ジェームズ氏が持つ開発ノウハウと、ナショナルグリッドが長年培ってきた大規模送配電の運用実績を組み合わせる狙いがあるとみられます。
なぜ「送電網を通さない」のか – Across-the-Meterモデル
米国では近年、新しい発電所を送電網に接続するための審査(インターコネクション)待ちの行列が、全米各地で数年単位に及んでいます。テキサス州も例外ではありません。
Joulentが採用する「アクロス・ザ・メーター」(Across-the-Meter、送電網を介さず発電設備から需要家へ電力を直接供給する方式)は、この問題を根本から回避する発想です。
発電タービンで作られた電気は、公共の送電網を一切経由せず、そのままデータセンターの敷地内のサーバーラックへ送られます。
- 送電網の混雑や接続待ちの行列を回避できる
- 電力会社にとっては需要家と長期の専用契約を結びやすい
- データセンター側は最短ルートで安定した電源を確保できる
言い換えれば、公共インフラの制約を”迂回”することで、AI開発企業が求めるスピード感に応えようとする試みだと言えます。
従来、発電事業者は発電した電力を送電網に流し込み、需要家は送電網から電力を受け取るのが一般的でした。
しかし送電網は公共財であるがゆえに、新規接続の審査には周辺地域への影響評価など多くの手続きが必要で、数年単位の時間がかかるのが実情です。
Joulent方式はこの手続きを丸ごと省略できる一方で、送電網という「みんなで使うインフラ」を経由しないため、データセンターに専用電源を持つ企業とそうでない企業との間で、電力調達の速さに格差が生まれる可能性も指摘されています。
Project Kilby – シェブロン、マイクロソフトと結ぶ2.67ギガワット計画
NGVの投資によって具体化するのが、Joulentの旗艦プロジェクト「Project Kilby」です。
石油大手シェブロンとの50対50の共同事業として、テキサス州西部に建設される出力2.67ギガワットのガス火力発電施設です。
発電した電力はすべて、マイクロソフトが運営するデータセンターに20年間の長期契約で供給される予定です。
タービンには米GEバーノバ製のものがすでに確保されており、初送電は2028年を目指すとされています。
2.67ギガワットという規模は、大型原子力発電所2基分以上に相当する電力量です。
一つのデータセンター群のためだけに、これほどの専用電源が用意されること自体が、AI開発競争の異様な規模感を物語っています。
興味深いのは、石油メジャーであるシェブロンが出資する側に回っている点です。
シェブロンにとっては、本業である石油・天然ガス事業とは別に、AI向け電力インフラという新たな収益源を確保する動きと位置づけられます。
石油会社が発電事業へ本格参入する事例は近年増えており、今回の提携もその流れの延長線上にあると考えられます。
背景にあるAI電力需要の急増
今回の投資の背景には、AIによる電力需要の急拡大があります。
国際エネルギー機関(IEA)の分析によれば、データセンターは現在すでに世界の電力消費量の約1.5%を占めており、2030年には年間945テラワット時を超える見通しです。
これは現在の2倍以上の水準にあたります。
さらに、AI関連の電力需要は2025年に前年比17%増加し、電力需要全体の伸び率(約3%)を大きく上回りました。
AI用途は現在データセンター電力需要の約20%を占めるにすぎませんが、4年以内には全体の40%に達する可能性があるとも指摘されています。
専門家の試算では、2030年までにAIだけで消費する電力量は、パキスタン・バングラデシュ・ナイジェリア3カ国の年間電力消費量の合計を上回るとされ、その規模の大きさが浮き彫りになっています。
こうした需要急増は米国に限った話ではありません。
日本でも生成AI向けデータセンターの新設計画が相次いでおり、電力インフラの整備が追いつくかどうかは共通の課題です。
今回のような「送電網を介さない専用電源」という発想が、今後日本の電力・データセンター業界にとっても一つの選択肢として注目される可能性があります。
市場の反応とナショナルグリッドの戦略転換
発表を受け、ナショナルグリッドの株価は1.4%下落し、1230.5ペンスとなりました。
大型投資に対する市場の慎重な反応がうかがえます。
一方でJPモルガンのアナリストは、今回の投資が規制対象の電力網事業の標準的な株主資本利益率(9〜10%)を上回るリターンをもたらすと予測しており、長期的な収益性には前向きな見方も示されています。
この投資は、ナショナルグリッドが2025年に米国の再生可能エネルギー事業を売却した後の、新たな戦略転換の一環でもあります。従来の「発電・売電」中心のビジネスから、AI企業向けの専用インフラを提供する「パートナー型」のモデルへと軸足を移しつつあると言えるでしょう。
米国では、コンステレーション・エナジーなど既存の電力会社もデータセンター向けに原子力発電所を再稼働させるなど、同様の専用電源契約を相次いで打ち出しています。
ナショナルグリッドの今回の動きも、こうした「電力会社対AI企業」の争奪戦が世界的に激しさを増していることを示す一例と言えるでしょう。
補足情報
「送電網(グリッド)」とは、発電所から家庭や企業まで電気を届ける公共の送電・配電ネットワークのことで、通常はどの発電事業者もこの共通の網を利用します。今回のような専用線方式が広がれば、公共インフラとは別に、大口需要家専用の”私設電力網”が各地に生まれることになります。
ナショナルグリッドは英国と、米国のニューヨーク州・マサチューセッツ州などで送配電事業を展開する国際的な電力インフラ企業で、英国内では200年近い電力事業の歴史を持ちます。
今回のようなガス火力発電への関与拡大は、同社が掲げる脱炭素方針との整合性を問う声が今後強まる可能性もあります。
また、Project Kilbyのタービンを供給する米GEバーノバは、発電機大手GEから2024年に分離独立したばかりの企業で、AI関連の電力需要拡大を追い風に受注を伸ばしています。
まとめ
ナショナルグリッドによる17.5億ドルの投資は、AIデータセンターの電力需要に応えるため、送電網を経由しない専用電源という新しい発想を体現するものです。
背景には、既存の送電網インフラの整備が、AI開発のスピードに全く追いついていないという構造的な問題があります。
2028年の初送電に向けてProject Kilbyが計画通り進むか、また同様の”迂回型”インフラ投資が他の電力会社にも広がっていくかどうかが、今後の注目点となりそうです。
出典:
National Grid Ventures (PR Newswire)
Eastern Herald
Global Banking & Finance