ヘヴィメタルの帝王、オジー・オズボーン逝去

2025年7月、ヘヴィメタル界に激震が走りました。

伝説のロックバンド「ブラック・サバス」のフロントマンとして、そしてソロアーティストとして数多くの名曲と伝説を世に残した「ヘヴィメタルのゴッドファーザー」ことオジー・オズボーン氏が、76歳でこの世を去りました。

最後の公式パフォーマンスとなったのは、地元バーミンガムで行われた「Back to the Beginning」フェスティバル。

奇しくもこのライブの数週間後、彼は家族に見守られながら静かに旅立ちました。

本記事では、オジー・オズボーンの軌跡と彼が現代音楽、特にヘヴィメタルシーンに与えた深遠な影響、そして世界中のファンの反応を辿ります。

ヘヴィメタルの原点:ブラック・サバスの誕生

1968年、イングランド・バーミンガムにて、若き日のオジー・オズボーンはトニー・アイオミ(ギター)、ギーザー・バトラー(ベース)、ビル・ワード(ドラムス)と共に「ブラック・サバス」を結成しました。

当初の名前は「ポルカ・タルク」でしたが、恐怖映画「黒い安息日(Black Sabbath)」にインスパイアされ、バンド名と音楽性を変更。

ヘヴィメタル(heavy metal)というジャンル自体がまだ存在しなかった当時、彼らの重厚かつ不穏なサウンドは音楽界に衝撃を与えました。

特に1970年に発表されたデビューアルバム『Black Sabbath』と続く『Paranoid』は、後の全メタルバンドにとっての礎となる金字塔。ソリッドで重低音のリフ、悪魔的で神秘的な歌詞、そして何よりもオジーの唯一無二のボーカルが、「ヘヴィメタル」という新たな音楽世界を創り出しました。

ソロキャリアと”プリンス・オブ・ダークネス”の時代

1977年、薬物とアルコール依存の影響でオジーはブラック・サバスを脱退しました。

しかしここで終わりではありませんでした。

ソロアーティストとしての再始動は1980年のアルバム『Blizzard of Ozz』から始まり、収録曲「Crazy Train」や「Mr. Crowley」は未だに愛される名曲として知られています。

ソロキャリアを通して、オジーは「プリンス・オブ・ダークネス(闇の王子)」としての地位を確立。

彼のライブパフォーマンスは常に過激で刺激的でした。

中でも有名なのは、1982年にコウモリの頭をかじった伝説的事件(後に本物だったと本人が証言)です。

これによって彼は究極のロック・アイコンとしてロックンロール殿堂入りを果たしました。

1996年からは自身の音楽フェス「Ozzfest(オズフェスト)」を主催し、メタルシーンの若手バンドをサポート。彼の存在が、次世代のアーティストたちに受け継がれていきました。

家族と共に – リアリティ番組『オズボーンズ』での新たな一面

2002年、オジーは妻シャロン、子どもたちジャックとケリーと共に出演したMTVのリアリティ番組『The Osbournes(オズボーンズ)』で再び時代の寵児となりました。

彼の豪邸でのカオスな日常がリアルに映し出され、ロックファンに限らず多くの視聴者を魅了しました。

常に罵声と笑い声が飛び交うオズボーン家の様子は、「ロックスター=反抗的で孤高」という固定概念を覆し、愛すべき家族のお父さんという一面を見せてくれました。

この番組は、MTV史上最大の視聴率のひとつを記録し、オジーは音楽だけでなくポップカルチャーでも不動の地位を確立したのです。

病との闘い、そして最後の灯火

2019年、オジーはパーキンソン病(※進行性の神経疾患)と診断され、以後は体調不良と闘う日々が続きました。

大規模ツアーの中止、手術、痛み…それでも彼は音楽への情熱を失いませんでした。

2025年7月5日、彼が最後に舞台に立ったのは「Back to the Beginning」フェスティバル。生まれ故郷バーミンガムのヴィラ・パークで行われ、オリジナルのブラック・サバスメンバーが一堂に会したこのイベントには、約9万人ものファンが詰めかけ、「史上最高のメタルショー」とまで言われました。

そしてその数週間後、彼は家族に囲まれて静かに息を引き取りました。

「私は2025年まで生き延びた。もう歩けない。でも、まだ生きているんだ。」— 最期のラジオインタビューでの言葉がいま、心に響きます。

世界中のファンとアーティストの反応

オジー・オズボーンの訃報が報じられた直後、SNSには追悼の声が世界中から溢れました。

X(旧Twitter)では「#OzzyOsbourne」がトレンド1位となり、24時間で400万以上のツイートが投稿されました。

主な追悼の声:

  • トニー・アイオミ(ブラック・サバス):
    「50年以上の友情と音楽の旅。本当にありがとう、兄弟。」
  • ジェームズ・ヘットフィールド(メタリカ):
    「俺たちの道を照らしてくれた人。安らかに。」
  • シャロン・オズボーン(妻):
    「バーミンガムの少年は世界を変えました。」

また、SpotifyやApple Musicでは、追悼プレイリストが一斉に登場し、オジーの代表曲はストリーミング上位を独占。若年層の新たな聴衆にも彼の音楽が再発見されています。

知られざるオジー

  • オジーの本名は「ジョン・マイケル・オズボーン」。
  • 独特の高音ヴォイスは、音域だけでなくリズム感の鋭さにも定評あり。
  • 実は動物愛護活動を支援していた一面もあり、近年ではビーガン料理にも挑戦。
  • 小学校時代はディスレクシア(読字障害)を抱えており、学業には苦労していたと語っています。

まとめ – オジーの遺したものは、永遠に生き続ける

オジー・オズボーンの人生は、混沌と創造、恐怖と愛、絶望と再生に満ちていました。

彼の音楽は、ただ聴くものではなく、感じ、戦い、そして受け継ぐものです。彼の死はひとつの時代の終焉を意味しますが、その魂はこれからも世界中のメタルファンの心に鳴り響き続けるでしょう。

最後に敬意を込めて、こう言いたいと思います。

ありがとう、オジー。我々をロックし続けてくれて。

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