岩を食べる菌類?——米五大湖地下500m、689種の新生態系発見で炭素貯留に警鐘

米ミシガン大学が五大湖地下の岩盤から発見した、太陽の届かない未知の生態系

米ミシガン大学の研究チームが、五大湖地域の地下深くに広がる岩盤の中に、689種もの菌類が息づく未知の生態系を発見したと発表しました。地下500メートル近くという、これまで生命がほとんど存在しないと考えられてきた環境です。Fox WeatherPopular ScienceEarth.comなどが2026年8月上旬に相次いで報じ、学術誌「ISMEジャーナル」に掲載された論文を基に、地底の隠れた生命圏の姿と、二酸化炭素の地中貯留計画への意外な影響が注目を集めています。

地下500メートルに広がる「隠れた世界」

調査の舞台は、ミシガン州北部に広がるアントリム頁岩(けつがん)という岩盤です。頁岩とは、泥が堆積して固まった、薄く層状に割れやすい岩石のこと。約3億5000万年前に形成されたこの地層は天然ガスの一大産地でもあり、日光も酸素もほとんど届かないため、これまで生命の存在にはあまり注目されてきませんでした。研究を主導した同大学の博士課程学生クイン・ムーン氏は「そこは暗く、太古から続く、ほぼ完全に隠された世界への扉を開くものだが、決して生命の存在しない場所ではなかった」と説明しています。氷河期に降り積もった雪解け水が、多孔質で亀裂の入った岩盤を何千年もかけて浸透し、菌類や細菌を地中深くまで運び込んだと考えられています。今回の研究は、深部地下という環境で菌類の「量」を初めて定量的に測定した事例とされ、これまで理論上の可能性にとどまっていた地底生命圏の姿を、具体的な数値として初めて示した点に大きな意義があります。

1万年前の水を汲み上げる——天然ガス井戸からの採取

研究チームは、既存の天然ガス井戸6カ所を利用し、深さ810〜1824フィート(約247〜556メートル)から地下水を採取しました。1つの井戸につき約80リットル(21ガロン)もの水を、フィルターが詰まるまでろ過し続けるという地道な作業です。水の年代を同位体分析で調べたところ、浅い井戸の水は地表との接触を絶ってから約1万1000年が経過していることが判明しました。氷期の終わりごろに地中に閉じ込められた水ということになります。一方で深い井戸ほど水は塩分濃度が高くなり、最深部では溶存固形分濃度が1リットルあたり11万2000ミリグラムと、海水の3倍近い塩辛さに達していました。深さによって水質がこれほど大きく変わるという事実は、地下の環境が一様ではなく、深度ごとに異なる生態系が層をなして存在している可能性を示しています。天然ガス採掘という産業活動が、期せずしてこれまで誰も調べたことのなかった地底の水を地表に運び出す「窓」になったとも言えるでしょう。

689種の菌類、うち13種は新種

この地下水を分析した結果、遺伝子解析だけで689種もの多様な菌類が確認され、そのうち13種は科学的に未記載の新種であることが分かりました。さらに研究チームは水から205株を超える菌類の純粋培養に成功し、これらを67の系統群に分類したところ、26群は既知のどの属にも一致しない未知の系統だったといいます。特に「イルペックス・ラクテウス(Irpex cf. lacteus、白色腐朽菌の一種)」は調査した6つの井戸すべてで検出されました。密度も驚くべき水準で、水1滴あたり約250個の菌類細胞が含まれており、これは外洋の海水(1滴あたり8〜2000個)に匹敵するかそれを大きく上回る濃度です。この水でオリンピックサイズのプールを満たせば、12兆個以上の菌類細胞が含まれる計算になるといいます。研究チームはこれまで培養や遺伝子解析によって記録されてきた世界の菌類の総種数は、こうした地下の個体群を見落としてきたために大幅に過小評価されている可能性があると指摘しており、今回の成果は菌類分類学そのものの見直しを迫るものとも言えます。

なぜ地底で生きられるのか——「岩を食べる」生存戦略

太陽光が届かず、光合成による有機物供給がない環境で、これらの菌類はどうやって生きているのでしょうか。答えは「岩石栄養性(リソトロフィー)」と呼ばれる代謝戦略にあります。これは、岩石に含まれる鉄やマンガンなどの無機鉱物や、岩の中にわずかに閉じ込められた有機炭素を分解してエネルギーを得る仕組みです。研究チームによると、地下水中にはこうした菌類だけでなく、線虫や輪形動物、環形動物(ミミズの仲間)、さらには「クマムシ」の愛称で知られる緩歩動物(タルディグレード)まで生息しており、捕食者と被食者からなる食物網が成立している可能性があるといいます。地表の生態系とは切り離された場所で、独自の小さな生態系が数千年〜数万年にわたり維持されてきたことになります。こうした代謝は増殖速度が極めて遅く、地表の生物のような速いサイクルではなく、数百年・数千年単位の「超スローライフ」で命をつないでいるとみられ、地球上の生命がいかに幅広い時間スケールで存在しうるかを示す好例ともいえます。

二酸化炭素の地中貯留計画への警鐘

この発見は、気候変動対策として各国が推進する二酸化炭素回収・貯留(CCS)計画にも一石を投じています。CCSとは、工場や発電所から出た二酸化炭素を回収し、地中の岩盤深くに圧入して長期間閉じ込める技術です。ムーン氏は「こうした戦略の多くは、圧入先の環境に大量の菌類が存在し、それが炭素を分解して予期しない形態に変えてしまう可能性を、これまで考慮してこなかった」と指摘します。地下深くの菌類が二酸化炭素をメタンなど別の物質に変換してしまえば、貯留計画の前提そのものが揺らぎかねません。研究チームは現在、これらの菌類が石炭・頁岩・石油・プラスチックをどの程度分解できるかを調べる追加実験を進めています。日本でも苫小牧沖などでCCS実証事業が進められていますが、今回の知見は圧入先の地質環境に生息する微生物相を事前に評価する重要性を、世界の関係者に改めて突きつける結果となりそうです。

関連情報:地球外生命探査ともつながる「地底生命圏」

地表から隔絶された地下の生態系は「深部地下生命圏(ディープバイオスフィア)」と呼ばれ、今回のような発見は世界各地で報告されています。例えば南アフリカの金鉱山では2011年、地下1.3キロメートルという深さで生きた線虫が発見され、地底生命の存在可能性を大きく広げました。今回採取された菌類の培養株は、ミシガン大学の標本館(ハーバリウム)に地下深部菌類として初めて公式収蔵されるといい、今後の研究基盤としても期待されています。こうした地底生命圏の研究は、火星や木星の衛星エウロパなど、地表に生命の痕跡が乏しい天体の地下に生命が存在しうるかを考える上でも、重要な手がかりを与えるとされています。地球という身近な星の中にすら、これほど未解明の生命圏が眠っていたという事実は、宇宙生物学者にとっても大きな驚きをもって受け止められています。

まとめ:地底の生態系、今後の研究の行方

米五大湖地下のアントリム頁岩から見つかった689種の菌類は、「生命が存在しないはず」とされてきた深部地下環境の常識を覆すものです。今後は、菌類による炭素分解のメカニズム解明や、CCS計画への影響評価、さらには世界の菌類の総種数そのものを見直す動きにつながるかが注目されます。研究チームは石炭やプラスチックの分解実験を継続中で、続報が待たれます。

出典:
Fox Weather
Popular Science
Earth.com
Phys.org

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