潜水中も途切れぬ美声、歌のテーマと潜水行動が連動
ザトウクジラの複雑な「歌」が、なぜあれほど長く歌い続けられるのか——その謎の一端が明らかになりました。米シラキュース大学(Syracuse University)の研究チームがハワイ・マウイ島沖でオスのザトウクジラに音響・動作記録タグを取り付けたところ、一部の個体は最長16時間にわたって歌をほぼ途切れさせずに歌い続けていたことが判明しました。フィズ・オルグ(Phys.org)などの報道をもとに、学術誌カレント・バイオロジー(Current Biology)に掲載されたこの研究の内容を解説します。
ザトウクジラの「歌」とは何か
ザトウクジラのオスは、繁殖期になると数分から数十分続く複雑な「歌」を歌うことで知られています。歌は複数の「テーマ(繰り返される旋律のまとまり)」で構成され、同じ海域の個体群では同じ歌を共有し、年月とともに少しずつ変化していく性質があります。海中では音が数千キロ先まで届くこともあり、繁殖相手へのアピールや、オス同士の力関係の表示など、複数の役割を持つと考えられてきました。しかし、これほど長時間にわたる潜水と発声を同時に行うクジラが、体内でどのように酸素を管理し、行動を制御しているのかは長らく謎のままでした。
16時間、歌い続けたクジラも——タグ調査で判明した実態
研究チームは2018年から2024年にかけての6年間、マウイ島沖で歌うオスのザトウクジラ16頭に、吸盤式の記録タグを一時的に取り付けました。タグはタブレット端末ほどの大きさで、音と個体の動き(深度や姿勢)を同時に記録できる非侵襲型(クジラを傷つけない方式)の機器です。船上から長い棒を使って取り付けるほか、近年ではドローンを用いた装着も行われ、タグは吸着力が自然に弱まった時点でクジラから外れ、海面に浮上したところを回収する仕組みになっています。
収集されたデータを解析した結果、一部の個体は歌をほとんど休みなく最長16時間続けていたことが分かりました。人間で言えば、丸1日の大半を歌い続けるに等しい行動であり、研究チーム自身も想定を上回る持続時間に驚いたといいます。この発見は、クジラの歌全体の構造を、1回の潜水サイクル全体と結び付けて解析した初めての研究だとされています。
歌のテーマは潜水の「フェーズ」と連動していた
今回の研究で特に注目されるのは、歌を構成する個々のテーマが、潜水のどの段階で歌われるかという点で高い一貫性を示したことです。潜水の開始・下降・最深部での遊泳・浮上といった各フェーズに対応するように、決まったテーマが繰り返し現れていました。
- 潜水の最も深く、深度がほぼ一定に保たれる局面では、歌のテーマにより大きなばらつきが見られた
- この深部でのばらつきは、繁殖相手や競合するオスへのアピールを意識した「性選択(異性への魅力や同性間の競争を通じて進化する特性の選択)」による影響を受けている可能性がある
- 一方、それ以外の局面で歌われるテーマは、浮力の維持や酸素消費といった生理的な制約により強く縛られているとみられる
つまりザトウクジラの歌は、単なる「求愛のBGM」ではなく、体力配分や呼吸のリズムと密接に結び付いた、極めて計算された行動である可能性が示されたことになります。歌うという行為そのものにもエネルギーコストが伴う以上、クジラは「どこで自由に歌を変化させられるか」「どこでは決まった型を守らざるを得ないか」を、体の状態に応じて使い分けていると考えられます。
なぜ重要なのか——音響データから行動を読み解く未来
この発見は、生態学的な好奇心にとどまらない実用的な意味を持っています。クジラの個体数や分布を調べる際には、水中マイクを使った音響モニタリング(音を継続的に収集・分析して生物の存在や行動を把握する調査手法)が広く使われていますが、これまでは「歌が聞こえた」という情報だけでは、クジラが今どのくらいの深さにいるのか、どんな行動をとっているのかまでは分かりませんでした。歌のテーマと潜水フェーズの対応関係が確立されれば、録音された歌を聞くだけで、タグを付けなくてもクジラのおおよその深度や潜水段階を推定できる可能性が出てきます。
これは、船舶との衝突リスクが高い海域や、騒音による行動撹乱が懸念される海域で、クジラの状態を非接触・低コストで把握する手段としても期待されています。研究チームは、今回の成果を人間活動がクジラに与える影響を評価するための「基準線(ベースライン)」として位置づけており、今後は音や船舶交通量の変化がこのパターンをどう乱すかを調べる計画だといいます。
補足:ザトウクジラの歌をめぐる興味深い事実
ザトウクジラの歌が科学的に注目されるきっかけとなったのは、1970年代に生物学者ロジャー・ペイン氏らが発表した録音「Songs of the Humpback Whale」でした。この録音は一般にも広く知られ、後の商業捕鯨に反対する国際世論の高まりにも影響を与えたとされています。また、ある海域の個体群が新しい歌を歌い始めると、その旋律が海を越えて数年かけて別の海域の個体群にまで広がっていく現象も知られており、研究者の間では「海を渡るヒット曲」とも呼ばれています。歌うのはオスに限られ、繁殖期を中心に行われることから、繁殖行動と強く結び付いた文化的・生物学的な現象として、長年研究が続けられてきました。
まとめ
米シラキュース大学の研究チームは、ハワイ沖のザトウクジラにタグを装着した6年間の調査から、歌を最長16時間途切れず続ける個体がいること、そして歌のテーマが潜水の各フェーズと一貫して対応することを明らかにしました。歌が単なる求愛信号ではなく、酸素管理や体力配分と結び付いた精緻な行動である可能性が示されたことになります。今後は他の海域の個体群でも同様のパターンが見られるか、そして船舶騒音などの人間活動が歌と潜水の連動をどう乱すのかが、次の焦点になりそうです。