ナマズに「伝染性がん」世界初確認、米国の湖で3割感染し史上4例目

がん細胞そのものが「感染源」となる、自然界の知られざる病

米バーモント大学の研究チームが、北米の淡水湖に生息するナマズの一種に、魚から魚へとがん細胞が直接伝播する「伝染性がん」を世界で初めて確認し、学術誌Natureに論文を発表しました。米メディアForbesやUVM(バーモント大学)の公式発表、Gizmodo、カナダCP24の報道によると、これは史上4例目となる伝染性がんで、魚類での確認は初めてだといいます。がんは「うつる病気」ではないという常識を揺るがす発見です。

2012年から急増した黒い斑点

今回の主役は、米バーモント州とカナダ・ケベック州にまたがるメンフレマゴグ湖に生息するブラウンブルヘッド(アメリカナマズの一種)です。2012年ごろから、釣り人や生物学者の間で、体表に黒ずんだ斑点(メラノーマ=皮膚がんの一種)を持つ個体が急増しているとの報告が相次いでいました。当初は単なる皮膚病や局所的な突然変異の集積と見られていましたが、研究チームが調査を進めたところ、2014年時点で同湖のナマズの約3割がこの黒い斑点を持っていたことが判明しました。現在も同湖の個体群のおよそ3割前後がこの病変を抱えているとみられ、被害はバーモント州だけでなく、ニューハンプシャー州やメイン州、カナダのニューブランズウィック州の湖沼群にも広がっていることが確認されています。単一の湖の局所的な現象ではなく、複数の州や国境をまたいで拡大している点が、研究者らの危機感を強めた大きな理由です。ちなみにブラウンブルヘッドは食用としても流通する身近な魚であり、専門家でなくとも異変に気づきやすかったことが、早期発見につながった側面もあります。

「遺伝子の共有パターン」が示した感染の証拠

研究を主導したUVMがんセンターのジュリー・ドラゴン氏らのチームが決定的な証拠としたのが、腫瘍のゲノム解析(生物の全遺伝情報を網羅的に読み取る手法)です。通常、がんは宿主自身の細胞が突然変異を起こして発生するため、同じ個体内の腫瘍でなければ遺伝的な特徴は一致しません。しかし今回、別々のナマズから採取した腫瘍同士を比較したところ、数十万か所に及ぶ遺伝的変異が個体を超えて共有されていることが分かりました。ドラゴン氏は「通常のがんで共有変異を見ると、そこにはランダムな変異が数多く見られる。しかし伝染性がんでは、その逆の現象が起きている」と説明しています。つまり腫瘍細胞同士は、宿主であるナマズ本体よりも互いに遺伝的に近い関係にあり、がん細胞そのものが寄生虫のように個体から個体へと乗り移っていることを意味します。この「腫瘍同士の血縁関係」を突き止める手法は、近年のシークエンス(塩基配列解読)技術の低コスト化によって初めて可能になったものであり、従来の顕微鏡観察だけでは決して見抜けなかった現象だといえます。がんを個体の病気としてではなく、独立した「系統」として捉え直す視点は、腫瘍学の常識を覆すものとして注目されています。

史上4例目、動物界における伝染性がんの系譜

伝染性がんは非常に稀な現象で、これまでに確認されていたのは以下の3例のみでした。

  • タスマニアデビル顔面腫瘍性疾患(咬み合いを通じて感染し、一部の地域で個体数を最大9割減少させた)
  • イヌの伝染性性器腫瘍(交配時に感染するが致死率は低く、数千年にわたり共存してきたとされる)
  • 二枚貝の白血病様伝染性がん(アサリやムール貝など、少なくとも10種の貝類で確認)

今回のナマズの事例は、魚類として初めて、そして史上4例目となる伝染性がんです。共同研究者で魚類生物学者のマーク・ヘンダーソン氏は「この病変は産卵期にある大型の個体でのみ発生しているようだ」と指摘しており、感染経路の解明に向けた重要な手がかりになるとみられます。興味深いのは、タスマニアデビルの事例のように致死性が極めて高いケースもあれば、イヌの事例のように何千年も宿主と共存し続けるケースもあり、伝染性がんの「性質」が種によって大きく異なる点です。今回のナマズの伝染性がんが、長期的に個体群へどれほどの脅威となるのかは、今後の追跡調査で明らかになっていく見通しです。

感染経路の謎——産卵行動と環境汚染物質の関与

研究チームはまだ正確な感染経路を特定できていませんが、有力な仮説として、浅瀬に密集して行われる産卵行動を通じた直接接触や、湖底の堆積物中に漂うがん細胞との接触が挙げられています。さらに興味深いのが、罹患した個体の腫瘍から高濃度のヒ素が検出された点です。これは特定の工業汚染源が見つかっていないにもかかわらず、環境中の微量な化学物質がナマズの免疫システムを弱め、がん細胞の定着や増殖を助けている可能性を示唆しています。仮にこの仮説が正しければ、目に見える排水や廃棄物がなくても、大気や土壌を経由してじわじわと蓄積する微量汚染が、野生動物の疾病リスクを底上げしているという構図が浮かび上がります。気候変動による水温上昇や生息環境のストレスが、免疫機能の低下や個体同士の接触頻度の変化を通じて、こうした疾病パターンにどう影響するかという、より大きな課題ともつながる論点です。今後は汚染物質の濃度と発症率の相関関係を定量的に調べることが、原因究明の鍵になるとみられています。

人への感染リスクはなし、がん研究全体への波及効果

もっとも重要な点として、研究チームはこの伝染性がんが人体には一切感染しないことを確認しています。メンフレマゴグ湖は周辺住民17万5000人以上の飲料水源にもなっていますが、健康への影響はないとされ、ナマズを取り扱うこと自体にも問題はないとしています。一方でドラゴン氏は「がん細胞が本来の宿主を離れてどう生き延び、広がっていくのかを研究することで、何ががんを『封じ込め』ているのかについて多くを学べる」と述べ、この発見をがん生物学全体の理解を深める手がかりと位置づけています。伝染性がんはこれまで見過ごされてきただけで、実際にはもっと多くの動物種に存在する可能性があるとの見方も出ています。

知っておきたい背景情報

ブラウンブルヘッドの黒い皮膚病変については、19世紀の博物学者ヘンリー・デイヴィッド・ソローが1850年代の記録の中で、類似した特徴を持つ個体に言及していた可能性も指摘されています。もし事実なら、この病気は100年以上前から存在していたことになります。また、これまでに確認されている二枚貝の伝染性がんは、アサリやムール貝、ホタテガイなど少なくとも10種の貝類に及んでおり、海水を介して国境を越えて拡散した例も報告されています。ゲノム解析技術の低コスト化・高速化によって、こうした「見過ごされてきた」感染パターンを様々な生物種で可視化できるようになったことが、今回のような発見を後押しする土台になっています。専門家の間では、まだ確認されていないだけで、伝染性がんは自然界にもっと広く存在するのではないかという議論も進んでいます。

まとめ

米バーモント大学の研究チームは、ナマズの一種に世界初となる魚類での伝染性がんを確認し、史上4例目の事例として学術誌Natureに発表しました。感染経路や環境汚染物質との関係は今後の研究課題ですが、人体への感染リスクはないとされています。伝染性がんは動物界でも極めて稀な現象とされてきましたが、今回の発見は「見過ごされてきただけ」という可能性を示しており、今後さらに他の生物種でも類似の事例が見つかるか注目されます。

出典:
University of Vermont
EurekAlert!
Gizmodo
CP24

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