献血で240万人の赤ちゃんを救ったジェームズ・ハリソン氏が88歳で亡くなる

60年以上にわたり献血を続けた英雄の生涯

オーストラリアの献血者ジェームズ・ハリソン氏が88歳で逝去しました。

「黄金の腕を持つ男」として知られるハリソン氏は、60年以上にわたり1173回もの献血を行い、その血液に含まれる希少な抗体によって240万人以上の赤ちゃんの命を救ったとされています。

彼の生涯と功績、そして彼が残した遺産について詳しく見ていきましょう。

ハリソン氏の献血の始まり

ハリソン氏の献血の歴史は、彼が14歳の時に受けた大手術にさかのぼります。

この手術で大量の輸血を受けた彼は、18歳になったら献血を始めると誓いました。

そして1954年、18歳になった彼は約束を守り、針が苦手だったにもかかわらず献血を開始しました。

この決断が、後に何百万人もの命を救うことになるとは、当時の彼には想像もつかなかったでしょう。

約10年後、ハリソン氏の血液に希少な抗体が含まれていることが発見されました

この抗体は、抗D免疫グロブリン(Anti-D)という命を救う薬の製造に不可欠なものでした。

抗D免疫グロブリンの重要性

抗D免疫グロブリンは、妊娠中の母体の血液が胎児の血液を攻撃してしまう可能性がある場合に使用される薬です。

この状態は「新生児溶血性疾患」(HDFN)と呼ばれ、適切な治療が行われないと胎児の脳障害や死亡につながる可能性があります。

この問題は、母親がRh陰性血液型で、胎児がRh陽性血液型を父親から受け継いだ場合に発生します。

母親の免疫系が胎児の血液を「異物」と認識して攻撃してしまうのです。

抗D免疫グロブリンは、この免疫反応を防ぐ役割を果たします。

ハリソン氏の血液に含まれる抗体は、この抗D免疫グロブリンの製造に不可欠でした。

彼の貢献により、1967年以来、オーストラリアで300万回以上の抗D投与が行われ、約240万人の赤ちゃんの命が救われたと推定されています。

60年以上続いた献血の記録

ハリソン氏は、18歳から81歳で引退するまでの60年以上にわたり、2週間に1回の献血を欠かさず続けました。その回数は驚異の1173回に上ります。

彼の献身的な姿勢は多くの人々に感銘を与え、「黄金の腕を持つ男」というニックネームで親しまれるようになりました。

1999年には、オーストラリア赤十字血液サービス(ライフブラッド)と抗Dプログラムへの貢献が認められ、オーストラリア勲章を受賞しています。

ハリソン氏は2018年、81歳で最後の献血を行いました。

その際、彼は

「誰かが私の記録を破ってくれることを願っています。それは、その人が献血の大切さを理解しているということだからです」

と語りました。

この言葉には、自身の功績を誇るのではなく、より多くの人々が献血の重要性を理解し、行動してくれることへの期待が込められています。

ハリソン氏の遺産

2025年2月17日、ハリソン氏はニューサウスウェールズ州の介護施設で眠るように息を引き取りました。

彼の死後、多くの人々が彼の功績を称え、追悼の意を表しています。

ライフブラッドのCEO、スティーブン・コーネリッセン氏は、「ジェームズは並外れた、静かに寛大な個人で、一生を捧げて他者のために尽くしました。

彼は世界中の多くの人々の心を捉えました」と述べています。

ハリソン氏の娘であるトレイシー・メロウシップ氏も、

「父は心から人道主義者でした。私自身も抗Dの恩恵を受けた一人として、父の貴重な献血がなければ存在しなかったかもしれない家族を残してくれました」

と語っています。

「ジェームズ・イン・ア・ジャー」プロジェクト

ハリソン氏の貢献は、彼の死後も科学の発展に寄与し続けています。

メルボルンのウォルター・アンド・イライザ・ホール医学研究所(WEHI)の科学者たちは、ライフブラッドと協力して「ジェームズ・イン・ア・ジャー」と呼ばれるプロジェクトを進めています。

このプロジェクトは、ハリソン氏や他のドナーの血液と免疫細胞を使用して、実験室で抗D抗体を培養することを目的としています。

すでに抗体の再現と培養に成功しており、将来的には世界中の妊婦のHDFNを予防するのに役立つ可能性があります。

まとめ

ジェームズ・ハリソン氏の生涯は、一個人の小さな決意が、いかに大きな影響を社会にもたらすかを示す素晴らしい例です。

60年以上にわたる彼の献身的な献血活動は、240万人以上の赤ちゃんの命を救い、数え切れない家族に幸せをもたらしました。

彼の遺志を継ぎ、より多くの人々が献血の重要性を理解し、行動に移すことが求められています。

一人ひとりの小さな行動が、大きな変化を生み出す可能性があることを、私たちは忘れてはいけません。

ハリソン氏の「黄金の腕」は永遠に失われましたが、彼が残した遺産は、科学の進歩と人々の善意によって、これからも多くの命を救い続けることでしょう。

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