レントセルチブとは?AI創薬の肺線維症薬、生物学的年齢を最大6歳若返らせると判明

香港のAI創薬企業インシリコ・メディシン、6種のたんぱく質時計で確認

AIが発見・設計した薬は、病気を治すだけでなく「老化」そのものを巻き戻せるのでしょうか。

香港とボストンに拠点を置くAI創薬企業インシリコ・メディシンは2026年9月、生成AIで開発した肺の治療薬「レントセルチブ」が、臨床試験で患者の生物学的年齢を最大6歳若返らせた可能性があると発表しました。

米ブルームバーグ通信や科学誌「Nature Biotechnology」、専門メディア「TheNextWeb」などが報じたこの結果は、AI創薬が単なる新薬開発の効率化にとどまらず、老化研究そのものに新たな手法を持ち込む可能性を示しています。

AIが発見した薬「レントセルチブ」とは

レントセルチブ(社内コード名ISM001-055)は、インシリコ・メディシンが自社の生成AIプラットフォーム「Chemistry42(ケミストリー42)」を使って設計した低分子化合物です。

もともとの開発目的は、肺が徐々に硬くなり呼吸機能が低下していく難病「特発性肺線維症(IPF)」の治療でした。

同社はAIによる標的探索プラットフォームを用いて「TNIK」というたんぱく質に着目しました。

TNIKは老化の代表的な特徴とされる6つの「老化のホールマーク(加齢に伴う生物学的変化の指標)」に関わっていることが判明し、IPFと老化生物学の両方に関係する標的として優先的に選ばれたといいます。

標的の特定から臨床候補化合物の完成まで、わずか約18カ月という異例の速さで到達した点も、AI創薬の特徴として注目されています。

従来の創薬プロセスでは、有望な標的を見つけてから臨床試験に進める候補化合物を作り上げるまでに数年単位の時間がかかるのが一般的でした。

今回のケースが示すのは、AIが分子構造の候補を大量に生成・評価する能力を使えば、開発期間そのものを大幅に圧縮できる可能性です。

さらに注目すべきは、TNIKという一つの標的が「肺の病気」と「老化」という異なる二つの切り口から同時に評価・選定されたという点です。

これは、AIが膨大な生物学データを横断的に解析することで、人間の研究者だけでは気づきにくい標的の多面的な価値を発見できることを示す事例といえます。

6つの「たんぱく質時計」が示した一致した結果

今回発表された分析は、2025年に実施された第IIa相臨床試験の追加解析にあたります。

中国国内21施設で実施されたこの試験には71人のIPF患者が参加し、うち42人が血中たんぱく質の分析に同意しました。

研究チームは血液中2841種類のたんぱく質を測定し、独立した研究グループがそれぞれ開発した6種類の「プロテオミクス・エイジングクロック(たんぱく質の血中量から生物学的年齢を推定する解析モデル)」で評価しました。

その結果、30mgを1日2回投与したグループでは投与4週間後の時点で、生物学的年齢が平均で2.7〜3.5歳若く算出されました。

時計の種類によっては最大6歳の若返りを示すものもあったといいます。

比較対象として使われた英国バイオバンクの5万5319人分のデータと照らし合わせても、この変化は偶然の誤差では説明しづらい水準だったとされています。

2013年ノーベル化学賞受賞者のマイケル・レヴィット氏は今回の結果について「6つの独立した研究グループによるたんぱく質時計が、そろって治療群でより若い生物学的年齢を示した」とコメントしています。

同氏は「重要なのは効果の大きさではなく、複数の指標が一致したという事実だ」と評価しています。

老化研究の分野では、一つの指標だけで「若返り」を主張する発表が過去にも数多くありましたが、そのほとんどは再現性の乏しさが課題とされてきました。

今回のように、開発の経緯も測定手法も異なる6つの時計が同じ方向の結果を示したことは、単発の成果とは異なる重みを持つとみられています。

肺機能の改善データと見過ごせない副作用

今回の試験の本来の評価項目である肺機能についても、明確な改善が確認されました。

60mgを1日1回投与したグループでは、努力肺活量(FVC、肺活量の指標の一つ)が平均98.4ミリリットル改善しました。

一方でプラセボ(偽薬)群では平均20.3ミリリットルの低下が見られ、両者の差は明確でした。

ただし手放しで楽観できる結果ばかりではありません。

試験期間中に7人の患者が肝機能への影響を理由に投与を中止しており、このうち4人は既存のIPF治療薬ニンテダニブを併用していたことも報告されています。

研究チーム自身も、今回の結果だけでは「老化そのものが遅くなったのか、肺の病状が改善したことの副次的な結果なのか、まだ明確に切り分けられない」と慎重な姿勢を示しています。

薬効と老化指標の変化を厳密に区別するには、健康な人を対象とした追加の検証が必要になりそうです。

肝機能への影響という副作用そのものは、既存のIPF治療薬でもしばしば報告される既知のリスクであり、今回新たに判明した特有の問題ではありません。

それでも、老化治療という新しい用途を視野に入れる以上、安全性データをより長期かつ大規模に積み上げていく必要があるといえるでしょう。

インシリコ・メディシンという会社——AI創薬企業の急成長

インシリコ・メディシンは2025年12月に香港証券取引所へ上場したばかりのAI創薬バイオテック企業です(証券コード03696.HK)。

同社は2026年上半期に単月ベースでの黒字化を達成し、売上高は前年同期比287%増の1億600万ドルに達したと報告しています。

レントセルチブはすでに2026年7月、中国国内で第III相臨床試験の段階に進んでいます。

今回の解析には米ハーバード大学医学大学院やスタンフォード大学、ブロード研究所、独RWTHアーヘン工科大学、北京大学、西湖大学など国際的な研究機関が名を連ねています。

一企業の発表にとどまらず、複数の独立した学術機関が検証に加わっている点も、この結果の信頼性を評価するうえで重要なポイントです。

これまでAI創薬企業の多くは、巨額の開発費を投じながらも黒字化にはほど遠いのが実情でした。

インシリコ・メディシンが上場から半年程度で黒字化に達したことは、AI創薬というビジネスモデルが実際に収益を生み出せる段階に入りつつあることを示す一例といえそうです。

知っておきたい基礎知識——「老化のホールマーク」とプロテオミクス時計

「老化のホールマーク」は、DNA損傷の蓄積や細胞の老朽化、慢性炎症など、生物が加齢とともに共通して示す生物学的変化を分類した概念です。

近年の老化研究では、DNAのメチル化パターンから年齢を推定する「エピジェネティック時計」がよく知られていますが、今回用いられた「プロテオミクス時計」は血中たんぱく質の量から生物学的年齢を推定する、より新しい手法です。

複数の研究グループが異なる手法で独自の時計を開発しており、今回のようにそれらが同じ結論に一致することは、単一の指標だけに頼るよりも説得力があるとされています。

AI創薬の分野では、既存薬を老化治療に転用する研究(メトホルミンやラパマイシンなど)が主流でしたが、今回は標的の発見から分子設計まで一貫してAIが関与した新薬という点で、これまでの研究とは一線を画しています。

まとめ——AI創薬が老化研究にもたらす新たな可能性

今回の結果は、AIが発見・設計した薬が生物学的年齢の指標を若返らせる可能性を示した初期段階の報告です。

6種類の独立したたんぱく質時計が一致して若返りを示した点は注目に値する一方、肺の病状改善との切り分けなど検証すべき課題も残っています。

レントセルチブはすでに第III相試験に進んでおり、今後の大規模データが老化との関連を判断する材料になりそうです。

AI創薬企業の成長とあわせ、老化研究におけるAIの存在感の高まりは今後も注視が必要です。

出典:
Bloomberg
TheNextWeb
PR Newswire (Nature Biotechnology)

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