ハチモジDNAとは?遺伝暗号を4→8文字に倍増、米大学が酵素で解読実証

米UCサンディエゴ大学、RNA合成酵素が人工塩基対を正確に認識・転写と発表

生命の設計図であるDNAは、A・T・G・Cのわずか4文字で構成されていると習った方も多いはずです。

しかし米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の研究チームは、この常識を覆す「ハチモジDNA」と呼ばれる8文字の人工遺伝暗号を、生命の転写装置である酵素が正確に読み取れることを世界で初めて実証しました。

UCSDの発表や科学ニュースサイトScienceDaily、phys.orgなどが2026年9月上旬に報じた内容をもとに、この研究の意義を解説します。

ハチモジDNAとは何か——4文字から8文字への拡張

自然界のあらゆる生物のDNAは、アデニン(A)・チミン(T)・グアニン(G)・シトシン(C)という4種類の塩基の組み合わせで遺伝情報を記録しています。

「ハチモジDNA」とは、この4文字に加えてP・Z・B・Sという4種類の人工塩基を追加し、合計8文字に拡張した合成遺伝物質のことです。

名称は日本語の「八(はち)」と「文字(もじ)」に由来しており、2019年に米フロリダの応用分子進化財団のスティーブン・ベナー博士らのチームが米科学誌サイエンスで発表したのが最初です。

新たに加わった塩基はPとBが従来のプリン塩基(アデニン・グアニンの仲間)の類似体、ZとSがピリミジン塩基(チミン・シトシンの仲間)の類似体で、それぞれP:Z対、B:S対という新しい塩基対を形成します。

理論上、文字数が4から8に倍増することで、同じ長さの鎖により多くの情報を記録できる、いわば遺伝情報の「情報密度」を高める技術といえます。

酵素RNAポリメラーゼが人工塩基を”読めた”——今回の発見の核心

ハチモジDNA自体は2019年の時点で合成に成功していましたが、これまで大きな課題として残っていたのが、細胞内でDNAの情報をRNAに写し取る「転写」を担う酵素が、この人工塩基を天然の塩基と同じように正確に認識できるかという点でした。

UCSDスキャッグス薬学部のドン・ワン教授らの研究チームは、大腸菌由来のRNAポリメラーゼという酵素を使い、この疑問に答える研究成果を2026年9月2日付の学術誌ネイチャー・コミュニケーションズに発表しました。

研究チームは生化学実験に加え、原子レベルに近い解像度で分子構造を観察できるクライオ電子顕微鏡(低温で急速凍結した試料を電子線で観察する顕微鏡技術)を用いて、酵素と人工塩基対がどのように結合するかを詳細に解析しました。

その結果、RNAポリメラーゼは天然の塩基対を認識する際と同じ生化学的・構造的な仕組みを使い、人工塩基対であるP:Z対やB:S対を正確に見分けて転写できることが判明しました。

特に注目すべき点は、一部の人工塩基対が天然のDNAを安定化させる水素結合を持たないにもかかわらず、酵素が疎水性の相互作用など別の仕組みを使って正確に認識していたことです。

この成果と関連して、2026年8月12日付の米科学アカデミー紀要(PNAS)にも、疎水性の人工塩基対に関する別の研究成果が発表されています。

なぜ重要なのか——合成生物学と創薬への応用可能性

この発見が重要視されるのは、単に「読めた」という事実だけでなく、生命の根幹を担う転写という仕組みが、自然界に存在しない人工の遺伝情報にも適用できることを示したためです。

これは合成生物学(人工的に設計した遺伝子や生体システムを用いて新しい機能を作り出す学問分野)の分野において、拡張遺伝暗号を実用化するための重要な一歩となります。

研究チームによれば、この技術は以下のような応用が期待されています。

  • 従来の4文字では作れなかった新しい構造や機能を持つ診断用分子の開発
  • 特定の病気に関連する分子を狙い撃ちする治療薬の設計
  • より高い情報密度で遺伝情報を保持できる人工生体システムの構築

実際に過去の研究では、拡張された遺伝暗号を使って肝臓がんの細胞を認識できる合成DNA分子が開発された例もあり、今回の成果はこうした医療応用の裏付けとなる基礎データを提供するものです。

4種類の塩基しか持たない天然のDNAに比べ、8種類の塩基を使えば同じ長さの分子でより複雑な立体構造や結合特性を設計できるため、狙った標的に強く結合する分子を作りやすくなると考えられています。

数字で見る情報密度の拡大

この「4文字から8文字へ」という変化がどれほどのインパクトを持つのか、数字で考えてみます。

天然のDNAでは3つの塩基の並びで1つのアミノ酸を指定する「コドン」という仕組みがあり、4種類の塩基では理論上4の3乗、つまり64通りの組み合わせしか作れません。

これに対し8種類の塩基を使えば、同じ3文字の並びでも8の3乗、つまり512通りの組み合わせが理論上可能になり、単純計算で情報の表現力は8倍に広がります。

実際の生体内でこの理論値がそのまま使われるわけではありませんが、限られた分子の長さでより多くの種類の情報や機能を詰め込める可能性を示す数字として注目に値します。

実用化への課題——ハードルはまだ残る

もっとも、今回の成果だけで人工遺伝暗号がすぐに医療現場で使われるようになるわけではありません。

DNAの情報をタンパク質に変換するには、転写に続いて「翻訳」という工程が必要ですが、この翻訳を担うリボソームや関連酵素が人工塩基をどこまで正確に扱えるかは、まだ十分に解明されていません。

また、P・Z・B・Sといった人工塩基そのものの合成コストや、細胞内で安定して機能させるための技術的な課題も残されています。

研究チームは今後、転写だけでなく複製や翻訳といった他の生命現象でも人工塩基がどこまで天然の塩基と同様に扱われるかを検証していく方針だとしています。

こうした一つひとつの実証が積み重なることで、実際の創薬プロセスへの応用が現実味を帯びてくると見られます。

地球外生命探査との意外な接点

ハチモジDNAの研究は、医療分野だけでなく宇宙生物学の分野でも注目されてきました。

地球の生命がなぜ4文字の遺伝暗号を採用しているのかは、これまで進化上の必然なのか単なる偶然なのか明確には分かっていません。

ハチモジDNAのように8文字でも安定して機能する遺伝システムが存在しうることが示されたことで、地球外生命が地球とは異なる遺伝暗号を使っている可能性を検討する上での重要な手がかりになるとされています。

2019年の発表当初から、米航空宇宙局(NASA)の研究者らもこのプロジェクトに関心を寄せており、地球外生命探査の理論的な土台としての意義も指摘されてきました。

「ハチモジ」という名称自体、日本語の「八」と「文字」を組み合わせた造語であり、生命科学の分野で日本語由来の言葉が国際的に定着した珍しい例としても知られています。

まとめ——今後注目すべきポイント

今回のUCSDの研究は、8文字に拡張された人工遺伝暗号を、生命の転写装置である酵素が天然の塩基と同様に正確に読み取れることを構造レベルで裏付けた成果です。

2019年の合成成功から約7年を経て、ハチモジDNAは「作れる」段階から「実際の生体反応で機能する」段階への実証が進んでいます。

今後は、この仕組みを利用した診断薬や治療薬の開発、さらには人工生体システムへの応用がどこまで進むかが焦点となりそうです。

合成生物学の進展とともに、私たちが「生命の設計図」として当たり前に考えてきたDNAの4文字コードの常識も、今後さらに書き換えられていく可能性があります。

出典:
UC San Diego Today
ScienceDaily
Phys.org

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