チンパンジーにも「なまり」 – 若齢期に方言化、ザンビアとタンザニアで発達差

英クイーン・メアリー大学が解明、生まれつきではなく育つ環境が声を左右

チンパンジーの鳴き声にも人間の「方言」や「なまり」のような地域差があり、しかもそれは生まれつきではなく成長の過程で強まっていくことが新しい研究で明らかになりました。

英国のクイーン・メアリー・ロンドン大学とポーツマス大学の研究チームが発表した成果で、phys.orgやSci.Newsなど複数の科学メディアが報じています。

これまでチンパンジーの鳴き声は遺伝子でほぼ決まっていると考えられてきましたが、その常識を覆す内容です。

本記事では研究の中身と、人間の言語進化を考えるうえでの意味を解説します。

チンパンジーにも「なまり」がある——新研究の概要

研究を率いたのは、クイーン・メアリー・ロンドン大学生物行動科学部の博士課程研究者カサンドラ・ギラゴシアン氏です。

研究成果は2026年9月3日、学術誌「PLOS One」に論文「Ontogeny of dialects across chimpanzee vocalisations(チンパンジー発声における方言の個体発達)」として掲載されました。

研究チームは、地理的に離れた2つの集団に属する乳幼児期・幼年期のチンパンジーの鳴き声を比較しました。

比較対象となったのは、ザンビアのチンフンシ野生動物保護区とタンザニアのゴンベ国立公園に暮らす東部チンパンジー(Pan troglodytes schweinfurthii、アフリカ中東部に分布する亜種)です。

分析対象となった発声は、次の3種類でした。

  • グラント(低く短い唸り声で、仲間への呼びかけや軽い挨拶に使われる)
  • ウィンパー(甲高く鼻にかかった鳴き声で、不安や要求を示すとされる)
  • 笑い声(くすぐりや遊びの際に発する荒い呼吸音)

その結果、2つの集団の鳴き声の違いは、個体が幼いうちは小さく、成長するにつれて明確になっていくことが分かりました。

つまり生まれたばかりの赤ちゃんチンパンジーの声はどちらの集団も似通っているものの、育つ場所によって次第に「訛って」いくという構図です。

生まれつきではなく「学習」で身につく声

今回の研究で特に注目されるのは、集団特有の鳴き声の特徴の一部がすでに乳児期から存在する一方、別の特徴は幼年期になって初めて現れるという点です。

これは、鳴き声のパターンが誕生時点で完全に固定されているわけではなく、その後の社会的な関わりや周囲の環境によって時間をかけて形作られていくことを示しています。

ギラゴシアン氏は「方言は集団への帰属を示す声の署名のようなものです」とコメントしています。

さらに「人間の発達初期には、集団間の音響的な違いは比較的小さいものの、成長が進むにつれてその差は大きくなっていきます」と、人間の言語発達との類似性を指摘しました。

チンフンシは密猟の被害に遭った孤児を保護する施設で暮らす個体群、ゴンベは野生の個体群という違いがあり、育つ環境そのものが対照的な2つの集団を比較した点も今回の研究の特徴です。

出自も生活様式も異なる集団で、それでも共通して「成長とともに声の違いが広がる」というパターンが確認されたことは、単なる偶然や施設ごとの飼育差では説明しにくく、社会的学習の影響の大きさを裏付ける材料といえます。

研究チームは今後、母親や周囲の個体からどの程度直接的に発声を模倣しているのか、より詳細な追跡調査を進める方針です。

「言語」ではないが、進化のヒントに

研究チームは、今回の発見がチンパンジーに文法や語彙を備えた人間のような「言語」があることを意味するわけではないと明確に断っています。

あくまで発声の音響的な特徴に集団差があり、それが年齢とともに強まるという現象が確認されたにとどまります。

それでも、この発見が重要視されるのは、人間の言語がどのように進化してきたかを考えるうえで貴重な手がかりになるためです。

人間の赤ちゃんも生後すぐは世界共通に近い音を発しますが、周囲の言語環境にさらされるうちに、母語特有の音の特徴を身につけていきます。

言語学ではこの現象を「音声学習(自らの発声を周囲の音に合わせて調整していく能力)」と呼び、これまでは人間や一部の鳥類、クジラ類に限られた能力と考えられてきました。

チンパンジーの発声発達に同様のパターンが見つかったことは、声によるコミュニケーションを社会的に学習する能力が、人類の進化のごく初期、あるいはヒトとチンパンジーの共通祖先の段階からすでに存在していた可能性を示唆します。

今後は他の大型類人猿でも同様の検証を進めることで、言語の起源をめぐる議論がさらに深まると期待されます。

遺伝か環境か——長年の論争に一石

動物の発声をめぐっては、長らく「遺伝子でほぼ決まる」という見方と「学習によって変化する」という見方が対立してきました。

特にチンパンジーを含む大型類人猿の発声は、鳥類やクジラ類に比べて可塑性(変化しやすさ、柔軟性)が乏しいとされ、生得的な要素が強いという説が主流でした。

今回のように、同一種でありながら育った集団によって発声の発達パターンが異なることを示すデータは、この定説に修正を迫るものです。

研究チームは、社会的な相互作用や生態学的な条件など、遺伝子以外の要因が発声の発達に関わっていると結論づけています。

この見方が広く受け入れられれば、動物の「声によるコミュニケーション」を人間の言語と地続きのものとして捉え直す動きが加速する可能性があります。

また、野生復帰を目指す保護個体の飼育方針や、繁殖・保全計画で集団間にチンパンジーを移動させる際の配慮など、研究現場だけでなく保全の実務にも影響を与えることが考えられます。

チンフンシ野生動物保護区とゴンベ国立公園について

今回比較対象となったチンフンシ野生動物孤児院は、ザンビア北西部にある保護施設です。

密猟や違法取引の被害に遭った孤児のチンパンジーを保護し、野生に近い環境で群れとして生活させていることで知られています。

一方のゴンベ国立公園は、タンザニアのタンガニーカ湖畔に位置する国立公園です。

霊長類学者ジェーン・グドール氏が1960年代から半世紀以上にわたり野生チンパンジーの行動観察を続けた研究拠点として知られています。

生い立ちも生活環境もまったく異なる2つの集団を比較したことで、今回の研究結果はより説得力のあるものになっています。

チンパンジーの発声研究は録音機材の発達により近年急速に進んでおり、今後もさまざまな集団のデータが蓄積されていく見込みです。

まとめ——声の多様性が語る動物コミュニケーションの奥深さ

今回の研究は、チンパンジーの鳴き声にも人間の方言に似た地域差があり、それが生まれつきではなく成長過程で強まっていくことを示しました。

遺伝子だけでは説明できない発声の多様性は、動物のコミュニケーション能力に対する理解を大きく広げるものです。

チンパンジーは人類に最も近い動物の一種であり、その声の学習メカニズムを解明することは、人間の言語の起源を探る手がかりにもなります。

今後、他の類人猿や霊長類でも同様の検証が進むかどうか、そして今回の知見が野生動物の保全活動にどう生かされていくかが注目されます。

出典:
Phys.org
Sci.News
Mirage News

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