英海軍に拿捕された私掠船の中から250年ぶりに見つかった「幻の宣言書」
2026年7月3日、英国立公文書館は、独立戦争中に英海軍が拿捕した米私掠船の資料の中から、これまで存在が確認されていなかった「独立宣言書」の印刷物1枚を発見したと発表しました。
しかも公表されたのは、米国が独立250周年(セミクインセンテニアル)を祝う祝日の前日という絶妙のタイミングでした。250年間、書架の奥で眠り続けていた1枚の紙が、なぜ今この節目の年に見つかったのか。
CBS News、NBC News、US Newsなど米メディア各社が一斉に報じています。
ボランティアが見つけた”歴史の断片”
発見したのは、英国立公文書館で11年間ボランティアを続けてきた元保険会社役員のマイケル・スカー氏です。
米独立250周年を記念する「アメリカ250」プロジェクトの一環として、英海軍提督や艦長が残した書簡類を整理する地道な目録作成作業に取り組んでいた最中の出来事でした。
スカー氏は、私掠船「ダルトン号」の拿捕に関する報告書を開いた瞬間、ただならぬ資料であることに気づいたといいます。
同氏は「このように重要な歴史的文書を発掘し、直接手に取れたことは、この記念すべき年において特に感慨深い経験でした」と振り返っています。
専門の研究者ではなく、地道な目録整理にあたっていた一人のボランティアが世紀の発見に至ったという経緯自体が、公文書館という組織が抱える「まだ整理されていない史料」の潜在的な価値の大きさを物語っていると言えるでしょう。英国立公文書館には数百年分にわたる膨大な未整理文書が今も眠っているとされ、今回のような発見は今後も起こり得ると専門家は指摘しています。
「エクセター宣言書」とは – 現存11部、国外では唯一
今回発見された文書は、印刷業者ロバート・ルイスト・フォウルによって、1776年7月16日から19日にかけて米ニューハンプシャー州エクセターで印刷された「エクセター宣言書」と呼ばれる版です。独立宣言を各植民地に広く伝えるために各地の印刷所で独自に刷られたもので、現存が確認されているのはこれを含めてわずか11部のみとされています。
さらに重要なのは、今回の発見がアメリカ国外で確認された初のエクセター宣言書である点です。公文書館の学芸員グラハム・ムーア博士は「これは私たちが把握している独立宣言書の中でも、最も希少な形態の一つだ」と評価しています。
参考までに、独立宣言の最初期の公式印刷物である「ダンラップ版」(1776年7月4日にフィラデルフィアで印刷、約200部)でさえ、現存が確認されているのは26部にとどまります。地方版のエクセター宣言書がいかに稀少かが分かる比較といえるでしょう。
私掠船「ダルトン号」、7時間の追跡劇の末に拿捕
この一枚が英国に渡った経緯も劇的です。
1776年12月24日のクリスマスイブ、マサチューセッツ州ニューベリーポート船籍の米私掠船「ダルトン号」は、ポルトガル沖で英軍艦「レゾナブル号」に発見され、約7時間に及ぶ追跡の末に拿捕されました。
レゾナブル号のトマス・フィッツハーバート艦長は、ダルトン号から押収した書類一式を英海軍本部(アドミラルティ)に送付しましたが、その目録には独立宣言の写しは単に「その他の書類」とだけ記載されていました。
この分類の粗さが、結果として文書を250年もの間、誰の目にも留まらぬまま英公文書館の書架に眠らせることになったわけです。歴史的価値を持つ資料が、当時の担当者にとってはただの事務書類の一枚に過ぎなかったという事実は、記録管理の難しさと歴史の皮肉を同時に感じさせます。
当時の英海軍にとって独立宣言はあくまで敵国の宣伝文書の一つに過ぎず、後世にこれほどの価値を持つとは想像もしていなかったことでしょう。
修復の舞台裏 – 和紙と小麦澱粉糊が支えた保存作業
発見された文書には長年の劣化による破れがあり、公文書館の保存修復チームが手当てにあたりました。綴じ紐から文書を傷めずに分離するため超音波式の加湿器を使用したほか、破損箇所の補修には和紙(日本の伝統的な手すき紙)と小麦澱粉糊が使われたことが明らかになっています。
和紙は薄く強靭でありながら文書に負担をかけにくいことから、世界の文化財修復の現場で古くから重用されてきた素材です。今回のように独立宣言という米国史の象徴的資料の修復にも、日本発の伝統技術が静かに貢献している点は、日本の読者にとっても興味深い事実ではないでしょうか。
成分分析では、文書がぼろ布(ラグ)由来の紙に青い繊維や植物片が混入した、当時ならではの手すき紙で作られていたことも判明しました。18世紀当時は木材パルプではなく古布を原料とする製紙法が主流であり、こうした素材の違いを読み解くことも文書の来歴を裏付ける手がかりになります。
独立250周年という節目での公開
発見された文書は、英国立公文書館で開催中の企画展「Revolution 250:アメリカ独立の物語 1763-1783」で一般公開される予定です。展示に先立ち、劣化を防ぐための本格的な保存処置も既に完了しています。
米国が建国から250年を迎える節目の年に、かつての宗主国だった英国の記録庫から独立の証しが新たに姿を現したという巡り合わせは、多くの米国民にとって感慨深いニュースとして受け止められています。
独立戦争は英米両国にとって国の成り立ちを規定する出来事であり、その一次資料が節目の年に発掘されたという事実自体が、両国の歴史的関係を改めて振り返る契機になっているといえるでしょう。今後、実物公開に合わせて研究者による詳細な分析が進めば、宣言文の版ごとの微妙な文言の違いなど、新たな知見が得られる可能性もあります。
補足情報
独立宣言の印刷版には複数の系統があり、最も知られる「ダンラップ版」のほか、各地の新聞社や印刷所が独自に刷った地方版が多数存在したとされています。エクセター宣言書はその一つで、ニューハンプシャー州の新聞「ニューハンプシャー・ガゼット」を発行していたフォウル印刷所が手掛けたものです。
なお、米国立公文書館(ワシントンD.C.)はダンラップ版の公式コピーを3部所蔵していますが、戦闘や拿捕といった軍事行動を経て入手された経緯を持つ版は、今回の一枚が唯一の確認例とされています。私掠船とは、政府の許可(拿捕免許状)を得て敵国の商船を攻撃・拿捕する権限を与えられた民間武装船のことです。今回の「ダルトン号」も、独立戦争中に多数の商船が用いたこうした私掠船の一隻でした。
まとめ
元保険会社役員のボランティアが目録整理の最中に発見した1枚の印刷物は、独立宣言の希少な地方版「エクセター宣言書」であり、国外で確認された初の例であることが分かりました。250年間「その他の書類」として埋もれていた事実や、和紙による修復といった細部からも、歴史資料保存の奥深さがうかがえます。今後は企画展での公開を通じ、両国の歴史研究者や市民がこの文書からどのような新事実を読み解いていくのか、注目されます。