コーネル大学など米研究チーム、統計モデルで「見えない多様性」を推計
長らく地球上には約600万種の昆虫が存在すると考えられてきました。
しかし米Scientific American、Popular Science、コーネル大学の発表(EurekAlert!)が伝えた最新の研究によると、その常識は覆り、実際には2倍から3倍以上、最大で2000万種にのぼる可能性があるといいます。
米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されたこの研究は、統計モデルを駆使して「見えていない多様性」を推計したものです。
私たちが知る昆虫の世界は、まだ氷山の一角に過ぎないのかもしれません。
40年間信じられてきた「600万種」という定説
昆虫の総種数についてはこれまで、約40年前に示された「約600万種」という推計が長らく事実上の定説とされてきました。
しかし2026年6月29日に米学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された新しい研究では、コーネル大学のローラ・メリッサ・グズマン氏や、コロラド大学・コネチカット大学のロバート・コルウェル氏らのチームが、実際には1400万種から2000万種にのぼるとの推計を示しました。
これまでに学名が付けられ、正式に記載された昆虫は約120万種にとどまります。仮に新しい推計が正しければ、私たちが名前を知っている昆虫は、地球上に存在する昆虫全体のごく一部にすぎないことになります。
考察すべきは、この「定説」自体が完璧な調査データではなく、限られたサンプルからの推計値だったという点です。今回の研究は、推計の前提となる統計手法そのものを見直すことで、定説を大きく塗り替えました。
舞台はコスタリカ – マレーズトラップが捉えた160万匹
研究チームが主な調査地に選んだのは、コスタリカ北西部にある保護区「グアナカステ保全地域(ACG)」です。東京23区の面積の3倍近い、約16万9000ヘクタールにおよぶ熱帯林が広がっています。
ここに設置された15基の「マレーズトラップ(テント状の網で飛翔する昆虫を捕獲する調査装置)」により、なんと160万匹もの昆虫個体が採集されました。
採集された個体はDNAバーコーディング(生物ごとに異なる短いDNA配列を読み取り、種を識別する手法)によって分析され、この保護区だけで約5万4000種が確認されています。
- 調査地はコスタリカ北西部の熱帯林1カ所のみ
- 捕獲個体数は160万匹以上
- DNA分析で判明した種数は約5万4000種
- 統計的な補正後、保護区内だけで約33万種が生息すると推定
たった一つの保護区に、これほど膨大な種が眠っていたという事実は、熱帯地域の生物多様性がいかに未解明であるかを物語っています。
寄生バチ研究が暴いた「一度しか見つからない種」の多さ
研究チームはさらに、コマユバチ科(Microgastrinae)と呼ばれる寄生バチ(他の昆虫の体内や体表に卵を産みつけ、幼虫がその昆虫を食べて育つハチの仲間)に焦点を当てた詳細調査も行いました。
マレーズトラップによる採集に加え、研究者のダン・ヤンゼン氏とウィニー・ハルワックス氏が40年以上にわたり続けてきた「幼虫の飼育記録」も組み合わせた結果、この地域だけで1414種の寄生バチが検出されました。
注目すべきは、そのうち約3割が、たった1個体しか見つかっていないという事実です。
そこで研究チームが用いたのが、本来はB型肝炎の感染実態把握など感染症の流行規模を推計する統計手法(統計学者アン・チャオ氏が開発)を昆虫の種数推計に応用するという、異色のアプローチでした。
この手法を使うと、実際に確認された寄生バチの背後には、まだ見つかっていない種が数多く存在するはずだと推計され、この地域の寄生バチの真の種数は約3400種、つまり実際に観測された数の2倍以上にのぼると算出されました。
コルウェル氏は「昆虫のほとんどは希少種だ。統計上の課題は、すでに見つけたものだけでなく、見逃している分をどう推計するかにある」と説明しています。またグズマン氏も「ほとんどの未知種は、おそらく小型で希少、かつ特定の環境に強く依存した種だろう」と述べています。
局地データから地球全体へ – 大胆な外挿の裏付け
コスタリカの一保護区で得られたデータを、どうやって地球全体の推計へと広げたのでしょうか。
研究チームは、すでに種数がよく分かっている生物群――世界に約7万3300種が確認されている樹木や、哺乳類、両生類、蛾(ガ)など――の緯度ごとの多様性パターンと比較する手法を採用しました。
コスタリカのような熱帯地域で確認された種の密度を、こうした「基準となる生物群」の世界的な分布パターンに当てはめることで、地球全体の昆虫種数を1400万〜2000万種と推計したのです。
グリフィス大学のナイジェル・ストーク氏は、この手法を「見事な研究」であり「ゲームチェンジャー(従来の常識を覆す転換点)だ」と評価しています。
従来の分類学的な手法だけでは到底追いつかないペースで、統計モデルが生物多様性研究を後押ししている構図がうかがえます。
なぜ今、この推計が重要なのか
この研究が突きつけるのは、単なる数字の見直しにとどまらない問題です。
近年、世界各地で昆虫の個体数が急速に減少する「昆虫アポカリプス(insect apocalypse)」と呼ばれる現象が報告されています。もし地球上に1400万〜2000万種もの未知の昆虫が存在するなら、その多くは学名すら付けられないまま絶滅してしまう「ダークエクスティンクション(存在すら記録されないまま失われる絶滅)」を迎えている恐れがあります。
グズマン氏は「存在すら知らない種を守ることはできません。地球の生物多様性を理解するためには、まずどれだけの種がいるかを知ることが重要です」と強調しています。
昆虫は花粉の運び手として農作物の受粉を支え、落ち葉や死骸を分解して土壌を豊かにするなど、生態系サービスの土台を担う存在です。その全体像すら把握できていないという事実は、保全政策や研究資金の配分にも影響を及ぼす可能性があります。
補足情報
昆虫の総種数をめぐる推計には、実は長い論争の歴史があります。1980年代には、米国の昆虫学者テリー・アーウィン氏が熱帯林の樹冠を殺虫剤で燻蒸(くんじょう)する調査手法から、最大3000万種にのぼるという、当時としては桁違いに大きな推計値を発表し、大きな議論を呼びました。
その後の研究で、この数字は行き過ぎだったとして下方修正され、約40年にわたり「600万種」という推計が定着していました。今回の研究は、こうした振れ幅の大きい昆虫の種数論争に、新しい統計手法という角度から一石を投じたものといえます。
ちなみに、現在名前が付けられている全動物種のうち、甲虫(コウチュウ)の仲間だけで約4分の1を占めるとされ、昆虫がいかに動物界最大のグループであるかがうかがえます。
まとめ
コーネル大学などの研究チームによる新推計は、地球上の昆虫種数を定説の2〜3倍にあたる1400万〜2000万種へと引き上げるものでした。コスタリカでの大規模調査と、感染症研究由来の統計手法を組み合わせた手法は、専門家から「ゲームチェンジャー」と評価されています。
今後は他地域での追加調査や、学術界での議論の広がりが注目されます。名前すら付けられぬまま姿を消す種がどれほどいるのか――その解明が、生物多様性保全のあり方を問い直すきっかけになりそうです。
出典:
Scientific American
Popular Science
EurekAlert! (Cornell University)