プログラマブル光チップとは?光の速度を自在制御、AIデータセンター省電力に道

光は同じ速さでしか進めない――その常識に挑む、韓国発の新設計。

「光は決まった速さでしか進めない」という物理の常識に挑む研究を、韓国のソウル大学校とソウル市立大学校の共同研究チームが発表しました。米科学ニュースサイトScienceDailyや研究発表サイトEurekAlert!、phys.orgによると、研究チームは光の伝わる速さを後から自在に変えられる「プログラマブル光チップ」の新しい設計原理を考案し、学術誌「Advanced Science」に論文を発表したといいます。

なぜ「光を遅くする」ことが難しいのか

光を使って情報を処理する「光コンピューティング(電気信号の代わりに光信号で計算・通信を行う技術)」は、電子回路に比べて発熱や消費電力を抑えつつ高速な処理ができる次世代技術として期待されています。生成AIの急速な普及で計算需要が膨らむ中、電気配線には信号の伝送速度や発熱の面で限界があると指摘されており、光を使った処理基盤への関心が世界的に高まっています。しかし光には大きな壁がありました。光は真空中でも媒質中でも基本的に決まった速さで進むため、電子回路のように信号を一時的にためておく「バッファ(緩衝装置)」や「メモリー」の機能を作るのが極めて難しいのです。これまでも「結合共振器誘起透明化(CRIT:複数の光共振器を組み合わせて特定の波長の光だけを意図的に減速させる技術)」と呼ばれる手法で光を減速させる試みはありましたが、従来のCRIT素子は一度製造すると特性が固定されてしまい、遅延時間や動作条件を変えたい場合はチップ自体を新しく設計し直す必要があり、量産や用途変更の妨げになっていました。

「明モード」と「暗モード」を一体で扱う発想転換

今回の研究の核心は、光共振器内に生じる「明モード(外部と強く結合し観測しやすい振動状態)」と「暗モード(外部と結合しにくく通常は観測が難しい振動状態)」という2種類の状態を、別々の現象としてではなく一つの統一されたパラメータとして捉え直した点にあります。研究チームは2つの可変ループカプラー(光の経路を調整する部品)を導入することで、これまで製造後は固定されていた共振器の構造を、電気信号などによってその場で再構成できるようにしました。研究を主導したソウル大学校のパク・ナムギョ教授は「光集積回路内を伝わる光の流れを、必要に応じて自在に再構成できる新しい設計原理を提案した点に意義がある」と述べています。研究チームはシリコン窒化物(Si₃N₄)を用いた光集積回路プラットフォーム上でこの設計を検証し、次のような現実的な誤差要因を考慮しても機能が保たれることを確認したといいます。

  • 材料自体が持つ光の損失
  • 共振器(光を閉じ込めて増幅する部品)の品質のばらつき
  • 光が意図せず逆方向へ反射する後方散乱
  • 部品同士の結合のばらつきや位相のずれ
  • 熱の影響で信号が乱れる「サーマルクロストーク」

AIデータセンターから自動運転まで、広がる応用可能性

この技術が実用化された場合の応用範囲は幅広いといいます。生成AIの普及により、AIサーバーやデータセンターでは消費電力と処理速度の両立が世界的な課題となっており、電力インフラの逼迫が各国で問題視されています。プログラム可能な光チップが実現すれば、1つのチップで信号の遅延・同期・周波数変換といった複数の機能を、まるでソフトウェアの設定を切り替えるように実行できるようになり、これまで複数の専用部品が必要だった処理を集約できるため、データセンターの消費電力削減や処理効率の向上につながる可能性があります。研究チームは他にも、自動運転車のセンサー処理、次世代の光通信ネットワーク、量子技術といった分野への応用を視野に入れていると説明しています。世界的に電力需要が急増するAIインフラをめぐっては、冷却技術の効率化や省電力チップの開発など様々な角度からアプローチが進んでおり、今回のような「光そのものの物理的な性質を自在に制御する」という発想は、電力問題への根本的な解決策の一つとして注目されています。すでに一部の企業が光コンピューティング用チップの商用化に着手していますが、今回のような柔軟に再構成できる設計原理が確立されれば、開発競争はさらに加速するとみられます。

現時点ではシミュレーション段階、実証実験はこれから

注意すべき点として、今回発表された成果は理論設計とシミュレーションによる検証であり、実際に試作チップを製造して性能を実証したものではありません。研究チームも今後は「実際のデバイス実装と実験的な検証に向けて、この研究をさらに発展させていく」方針を示しており、実用化にはまだ時間がかかる見通しです。光コンピューティング分野では、理論上の設計原理が発表されてから、実際に量産可能なチップとして市場に登場するまで長い年月を要することが少なくありません。今回の成果も、あくまで「こうすれば光の速度を自在に制御できる」という設計思想の提示であり、実際のチップでどの程度の遅延量や帯域幅が実現できるか、どこまで消費電力を削減できるかは今後の実証実験で明らかになる段階です。過度な期待は禁物ですが、製造後は性能が固定されるという光チップ設計の常識そのものに一石を投じる研究といえるでしょう。

知っておきたい背景情報

光コンピューティングをめぐっては、日本国内でもNTTが「IOWN(アイオン:光を活用した次世代の通信基盤構想)」を掲げ、光電融合技術による低消費電力・高速な情報処理基盤の実現を目指しており、2030年代の実用化に向けて研究開発が進められています。今回の研究には、ソウル大学校とソウル市立大学校に加え、韓国科学技術院(KAIST)内の研究拠点「InnoCORE PICOREセンター」も協力しており、韓国国内でも光半導体分野への研究投資が近年強化されています。研究チームが用いたシリコン窒化物は、既存の半導体製造プロセスとの親和性が比較的高い材料としても知られ、将来的に量産体制へ移行する際のハードルを下げる要素になり得ると期待されています。

まとめ:設計原理の提示から実証実験へ

今回の研究は、光の伝わる速さを製造後も自在に変えられる「プログラマブル光チップ」の新しい設計原理を、韓国の研究チームがシミュレーションで示したものです。AIデータセンターの省電力化や自動運転、次世代通信への応用が期待される一方、成果はまだ理論・シミュレーション段階にとどまり、実際の試作チップでどこまでの性能が再現できるかは未知数です。今後発表されるであろう実証実験の結果と、実用化に向けたロードマップの行方が注目されます。

出典:
ScienceDaily
EurekAlert!
phys.org
Seoul National University College of Engineering

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