宇宙放射線、肝臓を24時間で「老化」

米UCF研究、火星飛行相当の放射線でマウスの肝臓に加齢兆候

2026年7月、米セントラルフロリダ大学(UCF)の研究チームは、火星への往還飛行に匹敵する宇宙放射線と無重力環境にマウスをさらしたところ、わずか24時間で肝臓に老化とよく似た遺伝子変化が生じたと発表しました。

研究成果は科学誌「GeroScience」に掲載され、UCFのニュースリリースでも詳しく紹介されています。

国際宇宙ステーション(ISS)滞在者らの血液データとも一致する変化が確認されており、宇宙医学と老化研究の両面から関心を集めています。

わずか24時間で表れた「老化」のサイン

今回の研究を率いたのは、UCF医学部のミハウ・マスタルナク(Michal Masternak)准教授と、筆頭著者のナタリー・ヘイスリップ氏らの研究チームです。

研究チームはマウスを、後肢を宙づりにして無重力状態を模す手法(後肢懸垂法)で14日間にわたり疑似的な無重力環境に置いたうえで、米航空宇宙局(NASA)の宇宙放射線研究施設で、銀河宇宙線と太陽粒子線を組み合わせた放射線を照射しました。

線量は火星への往還飛行で浴びるとされる被ばく量に相当するよう設計されています。

その結果、放射線照射からわずか24時間後に、肝臓では加齢時と酷似した遺伝子発現の変化が確認されました。具体的には次のような変化です。

  • 細胞老化(老化細胞:分裂を止めても死なずに残り、周囲に炎症物質をまき散らす細胞)の増加
  • 炎症反応の亢進
  • 線維化(せんいか:組織が硬く弾力を失っていく変化)の進行

通常、こうした変化は加齢とともに数十年かけて蓄積していくものですが、今回はわずか1日で同様のシグナルが検出された点が研究チームを驚かせました。

なぜ「肝臓」なのか – 代謝の司令塔に着目

これまでの宇宙生物学研究は、筋肉や骨、脳への影響に焦点が当てられることが多く、肝臓はやや見過ごされがちな臓器でした。

マスタルナク准教授が肝臓に着目した理由は、肝臓が体内の代謝を司る主要な臓器であり、老化や炎症、全身の免疫バランスに深く関わっているためです。

研究チームは、肝臓内で働く微小なRNA分子「マイクロRNA(miRNA)」と、細胞の増殖や線維化に関わる「TGF-β」という情報伝達経路のネットワークに変化が生じていることを突き止めました。この経路は、老化や慢性的な炎症性疾患において重要な役割を果たすことが知られています。

いわば、肝臓という代謝の司令塔を通じて、宇宙環境のストレスが全身の老化プロセスに波及しうることを示したデータだと言えるでしょう。地上の生活習慣病や慢性炎症の研究でも同じ経路が注目されており、宇宙という特殊な環境で得られた知見が、肥満やメタボリックシンドロームなど身近な健康課題の理解にもつながる可能性があります。

宇宙飛行士の血液データとも一致

研究チームは、マウス実験の結果を、実際の宇宙飛行士の血液データと比較しました。

比較対象となったのは、2015年から2016年にかけてISSに1年間滞在したスコット・ケリー氏を対象とするNASAの「双子研究(Twins Study)」と、2021年に打ち上げられた民間人のみによる軌道飛行「Inspiration4(インスピレーション4)」の乗組員の血液データです。

その結果、マウスの肝臓で見られたのとよく似た遺伝子変化のパターンが、実際の宇宙飛行士の血液サンプルからも検出されました。

これは、地上の動物実験モデルが、実際の有人宇宙飛行で起きる生体変化をある程度忠実に再現できることを示す重要な裏付けです。今後、より詳細な老化メカニズムの解明や対策薬の効果検証を、コストと時間のかかる有人ミッションに頼らずマウス実験で進められる可能性を開くものと言えます。

地球上の老化研究への応用も視野に

マスタルナク准教授は、放射線照射からわずか24時間後に、加齢時とよく似た多くの遺伝子変化が肝臓に現れると説明したうえで、次のように述べています。

「宇宙という環境では、通常なら何十年もかかるプロセスをはるかに速いスピードで観察できます。そこから得た知見を、地球上の人々の健康改善に役立てられるはずです」

つまり、宇宙は老化という長期的な現象を「早送り」で観察できる、又とない実験室というわけです。地上で数十年かけて追跡調査するには膨大な時間とコストがかかりますが、宇宙という極限環境を使えば、老化の引き金となる分子メカニズムを短期間で観察し、対策となる薬剤候補の効果を効率よく検証できる可能性があります。近年拡大している商業有人宇宙飛行の広がりにより、職業宇宙飛行士以外の一般人が短期間の宇宙滞在を経験する機会も増えており、今回のような基礎データの重要性は増していると考えられます。

商業宇宙旅行時代に高まる意義

今回の成果が注目される背景には、宇宙旅行の裾野が急速に広がっているという事情もあります。従来、宇宙飛行士は厳格な身体検査を経た少数の専門家に限られていましたが、Inspiration4のような民間ミッションの登場により、一般市民が数日単位で宇宙を訪れる時代に入りつつあります。

さらに、NASAや各国の宇宙機関は2030年代以降の有人火星探査を見据えており、その場合、飛行士は数カ月から1年以上にわたり、地球の防護磁場の外側で強い放射線にさらされ続けることになります。

研究者にとって宇宙飛行士は、健康診断をクリアした比較的均質な集団でありながら、短期間で急激な環境ストレスにさらされるという、通常の老化研究では得がたい「自然実験」の場でもあります。今回のようなマウスと飛行士データを組み合わせた研究手法は、こうした宇宙医学と老化科学(ジェロサイエンス)という2つの分野を橋渡しする試みとして位置づけられます。

補足情報

NASAの「双子研究」は、一卵性双生児の宇宙飛行士スコット・ケリー氏とその双子の兄マーク・ケリー氏を対象に行われた比較研究で、10の研究チームが参加した大規模プロジェクトでした。スコット氏の遺伝子発現変化のうち91.3%は地球帰還から6カ月以内に元の水準に戻ったことが報告されています。

一方の「Inspiration4」は2021年9月に打ち上げられた、訓練を受けた職業宇宙飛行士を伴わない世界初の民間人のみによる軌道周回ミッションで、乗組員の生体データは民間人の宇宙滞在が人体に与える影響を知る貴重な資料となっています。

今回の研究は米国立科学財団(NSF)やフロリダ州保健局などの助成を受けて実施されました。

まとめ

UCFの研究チームは、火星往還飛行に相当する放射線と無重力環境にマウスをさらす実験を通じ、肝臓でわずか24時間のうちに老化に似た遺伝子変化が生じることを明らかにしました。細胞老化や炎症、線維化といった変化は、実際のISS滞在者やInspiration4乗組員の血液データとも一致しており、地上実験モデルとしての妥当性を裏付けています。

今後は、こうした変化を防ぐ薬剤の開発や、より長期間の宇宙滞在を想定した検証が課題となりそうです。商業宇宙旅行の拡大が進むなか、宇宙医学と老化科学を融合させた研究の進展が注目されます。

出典:
University of Central Florida (UCF) News
NASA – Twins Study Results

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