生成AIが数十分で”偽の伝記”を量産、実在の著者たちが被害に

ある日突然、Amazonの検索結果に自分が書いてもいない「自分の伝記」が並んでいたら――。

2026年7月16日、米The New York Timesはそんな体験をした著者の告白を報じました。

生成AIはわずか数十分で”それらしい”1冊を書き上げてしまいます。

Rolling StoneやAuthors Guild(全米作家組合)の調査によれば、この”なりすまし本”はすでに数百件規模で確認されており、出版業界全体を揺るがす問題に発展しています。

発端 – 「自分の伝記」が知らぬ間に出版されていた

New York Timesが報じた最も象徴的な事例の一つが、同紙の元編集者ジョセフ・レリベルド氏をめぐるものです。氏の死去が報じられたその日のうちに、氏を主人公とする複数の電子書籍がAmazonに出品されていました。

その一冊のタイトルは「Beyond the Byline: Unraveling the Heart of Joseph Lelyveld: The Man Who Smoked His Way Through History」。しかし本人は喫煙者ではなかったとされ、内容が事実に基づいていないことは明らかでした。

著名人の訃報や新刊発売といった検索需要が急増するタイミングを狙って、生成AI(人が指示するだけで文章や画像を自動生成するAI技術)が数十分で書き上げた粗悪な”伝記本”が出品される――これが今、Amazonの書籍市場で広がっているパターンです。

氾濫する「AIスラップ本」の規模

Rolling Stoneの取材によると、作家のタリア・ラヴィン氏は自著の発売時に、少なくとも5冊もの丸ごとコピーのようなAI生成本が既に出品されているのを発見しました。作家セス・ハープ氏も同様の被害を受け、「Amazonの削除対応は実質的に機能していない」と訴えています。削除されても、表紙やタイトルを変えた”別バージョン”がすぐに再出品されるためです。

この手法を教えるTikTok動画は、Rolling Stoneの調査時点で約9万本に上るとされ、生成AIを使ったAmazon出版(KDP=Kindle Direct Publishing、Amazonの自己出版プラットフォーム)が一種のビジネスノウハウとして拡散している実態がうかがえます。

被害は米国だけにとどまりません。英The Booksellerによれば、英国でもコメディアンのリース・ジェームズ氏をはじめ、ジュリア・ブラッドベリー氏やアニー・レノックス氏など複数の著名人の偽伝記が、電子書籍7.99ポンド、紙版12.99〜13.99ポンドという”それらしい価格設定”で販売されていました。英出版社協会(Publishers Association)は「消費者の信頼を損ないかねない」と警鐘を鳴らしています。

著名な作家たちが次々と標的に

Authors Guildの報告では、被害はさらに具体的な広がりを見せています。

  • ジャーナリストのカーラ・スウィッシャー氏 – 回顧録「Burn Book」発売前に大量の偽伝記が出品
  • マリー・アラナ氏 – 著書「LatinoLand」発売翌日には偽の要約本が登場
  • ロクサーナ・ロビンソン氏、マイケル・グレツ氏 – 新刊発売直後に同様の偽サマリー本が出品
  • ステファニー・ランド氏 – 回顧録「Maid」の内容を焼き直した偽伝記が拡散
  • 音楽評論家テッド・ジオイア氏 – 「Frank Gioia」など架空の著者名でジャズ関連本が偽装出品

特に象徴的なのは、Amazonのレコメンド機能が著者本人に対して、本人の著作ではなく偽物を”おすすめ”として表示したという報告です。AIが生成した文章と本物の見分けが人間にもアルゴリズムにもつきにくくなっている現状を、皮肉にも物語っています。

量産の裏側 – “偽伝記”を書く側の告白

この現象を単なる「詐欺」として片付けられない理由もあります。Gizmodoが報じたところによると、南アフリカ・ケープタウン在住のライター(”Coral Hart”というペンネームで活動)は、生成AI「Claude」や「Grok」を使い、これまでに200冊以上の恋愛小説を執筆し、約5万部を販売、6桁ドル(数千万円規模)の収入を得ているといいます。

New York Timesのインタビュー中、彼女はわずか45分で1冊を書き上げてみせました。さらに「Plot Prose」という名の指導ビジネスを展開し、300ドルの会員制プログラムでは3冊分の”9割完成原稿”を提供するといいます。

彼女は「私が1日で本を作れて、あなたが1冊書くのに半年かかるなら、どちらが勝つと思いますか」と語り、読者へのAI利用の開示はしていません。理由として「AIに対する偏見がある」ことを挙げています。

この告白は、なりすまし伝記が特殊な犯罪者だけの仕業ではなく、生成AIによる執筆時間の劇的な圧縮が、正規の出版経済そのものを揺さぶり始めていることを示しています。数カ月から数年をかけて1冊を書く従来の作家と、数十分で量産する生成AI活用者が同じ棚で競争する――そんな市場構造の変化が背景にあるのです。

Amazonの対応と残る課題

Amazonはこれまでに、実在書籍の「便乗本(コンパニオンブック)」カテゴリーでの出品を一部制限し、英国ではKDP出版者に本人確認を義務付けるなどの対策を導入したとされています。また出品点数の上限引き下げも進めているといいます。

しかし著者側の評価は厳しく、「削除されてもすぐ再出品される」「対応が後手に回っている」という声が相次いでいます。Amazon側は「ガイドラインは今後も進化させていく」とコメントするにとどまり、削除件数や被害規模を具体的に開示していません。

英出版社協会は、AI生成コンテンツであることを消費者向けに明示する「AIラベリング」の義務化を求めていますが、現時点で法的な強制力を伴う仕組みは整っていません。生成AIの進化速度に、プラットフォームの審査体制と法規制が追いついていない構図は、他のAI関連問題とも共通しています。

補足情報

今回の問題の舞台となっているKDP(Kindle Direct Publishing)は、誰でも審査をほぼ経ずに電子書籍・紙書籍を出品できるAmazonの自己出版サービスです。手軽さが個人作家の参入障壁を下げた一方、AI生成コンテンツの温床にもなっています。

この種の手口は書籍にとどまりません。日本のGIGAZINEは2026年6月30日、Amazonにおいて未発売のゲーム「Alien: Isolation 2」や「Gears of War: E-Day」を対象にしたAI生成とみられる偽の攻略本が出品されていたと報じています。フランスの3DアーティストRicoly氏が発見し、Amazonに削除・返金を求めたものの、削除後にタイトルや表紙を変えた類似品が再び出品される例もあったといい、書籍以外のジャンルにも同じ手法が広がっている実態がうかがえます。

まとめ

生成AIが数十分で”それらしい”本を書き上げられるようになったことで、Amazonの書籍市場は著名人になりすました偽伝記が氾濫しています。カーラ・スウィッシャー氏やマリー・アラナ氏らの被害事例が示す通り、単純な取り締まりだけでは解決しない構造的な問題です。Amazonや英出版社協会は対策を進めていますが、AIラベリングの義務化などの規制整備はこれからです。今後、他の市場への波及や、Amazonがどこまで審査体制を強化できるかが注目されます。

出典:
The New York Times
Rolling Stone
Authors Guild
Gizmodo
The Bookseller
GIGAZINE

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