国内でおなじみの二枚貝が太平洋を越え、米東海岸で外来種として初確認されました。
日本の食卓に欠かせない二枚貝「アサリ」と同じ種が、米国東海岸で外来種として初めて定着していることが確認されました。
米マサチューセッツ大学アマースト校などの研究チームが発表したもので、詳細は学術誌「Biological Invasions」に掲載されています。
米公共ラジオ局WBURや科学ニュースサイトPhys.org、MIT Sea Grantも相次いでこの発見を報じており、世界で年間70億ドル(約1兆円規模)に上る食用貝産業への影響が注目されています。
発端は漁師からの一通の連絡
事の発端は2023年、米マサチューセッツ州プロビンスタウンの潮干狩り漁師たちが「見慣れない貝」を発見し、地元の研究者に連絡したことでした。
その後2025年夏、ボストン湾のスペクタクル島で本格的な調査が行われ、研究チームがこの貝を採取。DNA分析や貝殻の形状比較により、太平洋原産の二枚貝「マニラクラム」(学名:Ruditapes philippinarum)であることが判明しました。
この種は日本で「アサリ」と呼ばれ、味噌汁や酒蒸し、パスタの具材など和食・洋食を問わず広く使われる、最もなじみ深い貝の一つです。
調査を主導したマサチューセッツ大学アマースト校のほか、MIT Sea Grant、ケープコッドの海洋保全研究機関センター・フォー・コースタル・スタディーズ、ウィリアムズ大学など複数の研究機関が共同で分析にあたりました。
研究チームは以下の地点で生息を確認しています。
- ボストン湾スペクタクル島
- クインシー市スキャンタム海岸
- ボストン市カーフ・パスチャー公園
- ケープコッド、プロビンスタウン周辺
「アサリ」がなぜ米国東海岸にいるのか
アサリの自然分布域は、ロシア・サハリンから日本、朝鮮半島、中国南部にかけての東アジア沿岸です。米国では1920〜30年代、カキの稚貝とともに偶然太平洋岸へ持ち込まれたのが最初とされ、以来約100年にわたって太平洋岸(ワシントン州やカリフォルニア州など)で養殖・漁獲が続けられてきました。
英語圏では原産地の一つであるフィリピン・マニラにちなみ「マニラクラム(manila clam)」と呼ばれ、北米では高級食材として定着しています。
今回の論文タイトルは「Completing the journey in the global north(北半球での“旅”を完結させる)」というもので、太平洋岸に上陸してから約1世紀を経て、ついに大西洋岸にまで到達した経緯を象徴的に表現しています。
今回の発見が異例なのは、これまで一世紀近く太平洋岸に留まっていたこの貝が、初めて大西洋岸で繁殖集団として定着していることが確認された点です。
研究チームは、ふるいを使った採泥調査で稚貝や、卵を持つ雌の個体を多数発見しており、単なる漂着ではなく現地で世代交代を重ねていることを突き止めました。
太平洋岸からどのような経路で大西洋岸まで運ばれたのかは特定されていませんが、船舶のバラスト水や、観賞用・釣り餌用の生体流通、養殖用種苗の混入などが有力な候補として挙げられています。
生態系への影響、専門家の見方は
研究を主導したアリー・パトナム氏は「この種を発見したことは、まだ始まりに過ぎません。今後はその分布域や、個体群が拡大しているかどうかを解明していく必要があります」と述べています。専門家が懸念する影響としては、次のような点が挙げられます。
- 在来種の食用貝(ソフトシェルクラムなど)との競合により、餌や生息場所を奪う可能性
- 近縁の在来種との交雑により、遺伝的な独自性が失われる可能性
- 高密度で定着した場合、干潟の底生生物群集全体の構成が変化する可能性
一方で、海鳥やカニ、アライグマなど捕食者にとって新たな餌資源となることで、在来のソフトシェルクラムへの捕食圧を分散させる可能性も指摘されており、影響は一様に「悪い」とは言い切れないのが実情です。とはいえ、外来種が定着初期に急速に個体数を増やす例は世界中で数多く報告されており、モニタリングの継続が不可欠だと研究チームは強調しています。
身近な食材が「外来種」になるという逆説
今回の事例が興味深いのは、日本では当たり前に食卓に上る在来種が、別の海域では警戒すべき侵略的外来種になり得るという点です。
生物の「在来」「外来」は生態系の場所によって立場が入れ替わる相対的な概念であり、これはアジア原産のクズ(葛)が米国南部で猛烈に繁茂して「緑の怪物」と呼ばれる現象や、逆に北米原産のセイタカアワダチソウが日本で外来種として広がった例とも通じます。
グローバル化した養殖業や船舶のバラスト水(船体を安定させるために積む海水で、他の海域の生物を意図せず運んでしまうことがある)が、意図せず生物を世界中に運んでしまう構造は、今後も繰り返される可能性が高いと言えるでしょう。
70億ドル産業への影響と今後の焦点
アサリ(マニラクラム)は世界的に見ても養殖生産量の多い貝類で、業界全体では年間70億ドル(約1兆円)規模の市場を形成しているとされます。
米国太平洋岸では既に主力の養殖種として定着しており、大西洋岸の業界関係者の間では「経済的な脅威」より「新たな漁業資源」として捉える向きもあります。
実際、今回の一連の報道でも「侵略的だが美味しい貝」という表現が繰り返し使われており、単純な駆除一辺倒ではなく、食用資源として活用しながら個体数を管理する現実的な選択肢も検討され始めています。
もっとも、在来種への影響が十分に解明されないまま漁獲・流通が先行すれば、モニタリング体制が追いつかなくなるおそれもあり、研究チームは規制当局と連携した継続調査の必要性を強調しています。
知っておきたい背景情報
アサリ(マニラクラム)は英語圏では「Manila clam」のほか「Japanese littleneck clam(日本産バカガイ)」とも呼ばれ、原産地が東アジアであることを示す名称が複数存在します。
近縁種にはハマグリやホンビノスガイなどがあり、いずれも見た目が似ているため、素人目には区別が難しいとされています。なお日本国内でもアサリは近年、埋め立てや水質変化による潮干狩り場の減少、稚貝の乱獲、外来生物による食害などで漁獲量がピーク時の1割以下にまで落ち込んでおり、皮肉にも「原産地」である日本では減少し、「侵入先」の米国で勢力を広げつつあるという対照的な状況が生まれています。
まとめ:今後の展開に注目
米国東海岸でのアサリ(マニラクラム)の定着確認は、なじみ深い食材が思わぬ形で生態系リスクにも経済的資源にもなり得ることを示す事例です。
研究チームは今後、分布域の拡大状況や在来種への影響を継続調査するとしており、米国内での規制や駆除、あるいは新たな漁業資源としての活用を巡る議論に発展する可能性もあります。
太平洋岸で1世紀かけて定着した貝が大西洋岸でどのような展開を見せるのか、今後の米国当局や研究機関の対応が注目されます。