北京大学が開発、脳の3D再現で新記録─医療応用に期待
2026年7月、北京大学の研究チームが、人間の脳の構造を高速で再現できる新型チップを開発したと発表しました。
米エヌビディア(Nvidia)の最新GPU「A100」と比較して、特定の課題では最大478倍の処理速度を記録したといいます。South China Morning Post(SCMP)やCGTN、Zamin.uzなど複数の海外メディアが、米科学誌「Science」に掲載されたこの研究成果を報じています。
発表の概要 – 「脳型チップ」とは何か
北京大学集積回路学院のヤン・ユーチャオ(楊玉超)教授らの研究チームは、位相変化メモリスタ(電気抵抗の変化によってデータを記憶し、同時に演算も行える新しい電子部品)を用いた「神経動力学システムチップ」を開発したと、2026年7月4日付の米科学誌Scienceで発表しました。
このチップの特徴は、人間の大脳皮質(脳の表面にある、しわの多い層)の複雑な3次元構造を、欠損やノイズを含む不完全なデータからでも滑らかに再構成できる点にあります。
従来、こうした複雑な曲面の再現には大量の計算資源と時間が必要でしたが、新型チップは1ステップあたりわずか2.12ミリ秒で計算を完了させるといいます。
性能の核心 – なぜGPUより数百倍も速いのか
研究チームが示した性能データは以下の通りです。
- エヌビディアの高性能GPU「A100」と比較:最大478倍高速(範囲は50〜478倍)
- 専用のAIアクセラレータと比較:3.82〜36.27倍高速
- 製造プロセス:40ナノメートル、演算アレイの面積はわずか0.28平方ミリメートル
- 1ステップあたりの計算時間:2.12ミリ秒
注目すべきは、このチップの製造プロセスが40ナノメートルと、最先端GPUに使われる数ナノメートル級のプロセスに比べて決して微細ではない点です。それでもこれほどの速度差が生まれた背景には、演算方式そのものの違いがあります。
GPUはデジタル回路でデータを一つずつ順番に処理するのに対し、このチップは記憶と演算を同じ素子(メモリスタ)内で同時に行う「インメモリコンピューティング(メモリ内演算)」方式を採用しており、データ移動にかかる時間とエネルギーを大幅に削減できると考えられます。
これは、AI処理の高速化競争が単なる「微細化」だけでなく、「アーキテクチャ(設計方式)の転換」によっても進みうることを示す好例といえるでしょう。
想定される応用 – 医療から脳科学まで
研究チームは、このチップが将来的に次のような分野で応用される可能性があるとしています。
- 脳・コンピュータ・インターフェース(BCI、脳と機械を直接つなぐ技術)
- アルツハイマー病の早期スクリーニング
- 手術中の神経ナビゲーション
- 個別化された動的な脳の「デジタルツイン」の構築
特に注目されるのが、患者一人ひとりの脳の状態をリアルタイムで再現する仮想モデル「デジタルツイン」という構想です。
高速かつ高精度なシミュレーションが可能になれば、診断や治療計画の精度向上に直結すると期待されます。
ただし専門家からは、メモリスタ型チップが近い将来に従来型のトランジスタプロセッサに取って代わるわけではなく、当面は特定分野に特化した用途で強みを発揮するとの見方も示されています。
研究チーム自身も、現時点では実験室レベルでの検証が完了した段階であり、量産に向けた検討はこれからだとしています。
米中半導体競争における位置づけ
今回の成果が注目される背景には、米国による対中半導体輸出規制のもとで、中国がAI関連ハードウェアの独自開発を加速させているという文脈があります。
北京大学と中国科学院の共同チームによる今回の研究は、最先端の微細化競争とは異なる土俵で、GPU大手に対抗しうる技術を示した点で象徴的です。
半導体そのものの性能で追いつくことが難しい局面において、「発想の転換」による優位性の確保を狙う動きは、今後も他の中国の研究機関や企業から続く可能性があります。
補足情報
「神経動力学システム(ニューラル・ダイナミカル・システム)」とは、神経回路網(ニューラルネットワーク)と微分方程式を組み合わせ、現実世界の時間変化する現象をリアルタイムに近い速度で模擬する仕組みを指します。
今回の研究で使われた位相変化メモリスタは、素材の結晶状態を変化させることで電気抵抗を多段階に制御できる部品で、データの記憶と演算を同一素子内で完結できるため、次世代の省電力AIチップの基盤技術として世界的に注目されています。
まとめ
北京大学の研究チームが発表した脳型チップは、特定の課題においてGPUの最大478倍という際立った速度を実現し、米科学誌Scienceに掲載されました。
今後は量産化に向けた検証や、医療・脳科学分野での実用化が焦点となりそうです。AIチップの性能競争が微細化以外の方向にも広がりつつある点で、今後の米中の技術開発競争の行方からも目が離せません。