AIでオリンピックがどう変わる?2024年パリ五輪でAIを本格導入へ

近年、AIテクノロジーの進化が目覚ましく、スポーツの世界にも大きな変革をもたらしつつあります。今回、国際オリンピック委員会(IOC)が2024年のパリオリンピックでのAI活用戦略を発表しました。

選手のオンライン上の嫌がらせ対策から、審判の公平性向上まで、AIはオリンピックの在り方に大きな影響を及ぼすことが予想されます。

https://olympics.com/ioc/news/ioc-takes-the-lead-for-the-olympic-movement-and-launches-olympic-ai-agenda

2024年のパリオリンピックに向けて、IOCはAIテクノロジーの活用戦略を発表しました。

IOC会長のトーマス・バッハ氏は「AIの膨大な可能性を責任を持って活用する決意だ」と述べています。

今回の発表では、有望な選手の発掘、トレーニング方法の個別化、そして審判の公平性向上などの領域でAIを活用する計画が明らかにされました。

AIテクノロジーとは?

AIテクノロジーとは、人工知能(Artificial Intelligence)のことを指します。コンピューターシステムに人間のようなパターン認識や推論、問題解決などの知的能力を持たせる技術のことです。近年の機械学習(ディープラーニングなど)の発達により、AIの性能が飛躍的に向上しています。

AIをどのように活用?

IOCが発表したAI活用の目的は大きく4つあります。

有望な選手の発掘

IOCは半導体企業のインテルと提携し、見過ごされがちな地域でも有望な選手を見つけ出そうとしています。インテルはセネガルの5つの村を訪れ、1,000人の子供の運動能力を測定しました。跳躍力や反応速度などのデータをAIで分析した結果、40人の有望な選手候補が見つかったそうです。

トレーニング方法の個別化

AIを活用することで、選手一人ひとりに最適なトレーニング方法を提案できるようになるでしょう。過去のデータから最適な方法を機械学習させ、さまざまな条件を考慮して個別のプランを立案することが可能になります。

審判の公平性向上

従来は人間の主観で評価されがちだった競技の採点において、AIを活用することで客観性と公平性を高められると期待されています。動作の細かな解析により、より正確な点数評価が可能になるでしょう。

選手のオンライン上の嫌がらせからの保護

IOCはAIを活用して、選手がオンライン上で受ける嫌がらせから守る対策も講じる予定です。ソーシャルメディア上の攻撃的な書き込みを自動で検知し、削除や通報を行うシステムの構築を目指しているようです。

倫理的課題への配慮が重要

一方で、AIの導入には倫理的な課題もあります。

バッハ会長は「AIがすべてを決めるのではなく、コーチや選手自身の判断も尊重される必要がある」と述べています。AIが選手の将来を完全に決定づけてしまうリスクには注意が必要です。

また、フランス政府がAIを活用したセキュリティシステムの導入を検討していますが、プライバシーの侵害が危惧されています。IOCはホスト国の判断を尊重する一方で、倫理的な課題にも目を向ける必要があります。

公式AIパートナーのインテル

2024年パリオリンピック・パラリンピックの公式パートナーにインテルが選ばれました。

インテルは自社の最新プロセッサーとAIプラットフォームを駆使し、これまでにない革新的な五輪体験をファンや選手に提供するといいます。

選手や観客のための体験型AIアトラクションを提供

会場に設置されるインタラクティブなAIアトラクションでは、参加者の動きを分析し、似たオリンピック競技を提案したり、上達のコツをアドバイスしたりと、五輪への理解を深めることができます。

8K映像での全競技の生中継

インテルのサーバーとネットワーク技術を活用し、すべての競技を8K解像度で低遅延で生中継します。選手の表情やプレーの細部まで克明に捉えることが可能となります。

障害者支援のためのナビゲーションサービス

会場内の移動支援アプリを提供。音声と3Dマップでルート検索や誘導を支援します。

オリンピック放送でもAIが不可欠に

IOCがパリ五輪でAI技術の活用を大幅に拡大する計画を発表しましたのを受けて、オリンピックの放送を担う国際オリンピック放送機構(OBS)も、AIを活用してオリンピック中継の質を高めていくことが明らかになりました。

OBSのCEOであるエクサルコス氏は、「パリ五輪ではAIの活用を全く新しいレベルに引き上げる」と述べています。

具体的には、360度カメラによる選手の動きの再現や、パートナー企業であるオメガによる選手のデータ解析、インテルによる迅速なハイライト動画の生成などが計画されています。

これらの取り組みは、視聴者体験の向上と放送制作の効率化を目的としています。

オリンピックには膨大なコンテンツが生み出されるため、AIを活用することで、国別、選手別、競技別、気分別などに合わせたカスタマイズされたハイライト動画を素早く提供できるようになるということです。

ディープフェイクへの警戒も

一方で、OBSはディープフェイクと呼ばれる偽造動画に対する懸念も示しています。

ディープフェイクとは、AIを使って既存の画像や動画の中の人物の顔を別の人物に置き換える技術です。これにより、人物の偽造や詐欺、脅迫、虚偽情報の拡散などの悪用が問題となっています。

エクサルコス氏は「現実を改ざんすることには非常に懸念がある」と述べ、オリンピックの映像の真正性を守ることが重要だと強調しています。OBSのクライアントである放送局も、この問題への対策を講じていると説明しました。

OBSのエクサルコス氏が懸念しているように、ディープフェイク技術を使えば、オリンピック映像を改ざんし、実際の競技結果や出来事を偽って伝えることが可能になります。これは深刻な問題で、オリンピックの公平性や信頼性を損なう恐れがあります。

AIを活用した映像制作とディープフェイクの違い

OBSがAIを活用して行う360度リプレイや自動ハイライト生成などは、本来の映像を加工するものの、捏造や改ざんとは異なります。ただし、この際にもディープフェイクのリスクに注意を払う必要があります。

最終的には、視聴者一人ひとりがディープフェイクに気づき、批判的に情報を判断する力が不可欠です。主催者側の対策とともに、メディアリテラシーの向上が重要な課題になると考えられます。

AIとディープフェイクの両立は可能か

オリンピック中継におけるAI活用とディープフェイクへの対策は、相反する課題のようにも見えます。しかし、エクサルコス氏は「AIの可能性を信じているからこそ、偽造への警戒も必要だ」と述べており、両立への意欲を示しています。

つまり、AIの力を最大限に引き出しつつ、ディープフェイクによる弊害を最小限に抑えるバランスを取ることが重要なのです。

オリンピックの中継は、世界中の視聴者にとって信頼できる情報源であり続ける必要があります。IOCとOBSは、AIとディープフェイクの両面に対応しながら、オリンピックの価値を守り続けていくことが求められています。

専門家の意見

AIの発展は止められない潮流ですが、ディープフェイクの問題は看過できません。

東京工業大学の田中博教授は「ディープフェイクはAIが活用される上で避けては通れない課題です。技術的な対策とともに、利用者の批判的思考力を育むことが重要でしょう」と指摘しています。

一方、メディア・アクティビスト濱野智行氏は「オリンピックのようなグローバルイベントでは、デマの影響力が非常に大きくなります。主催者はディープフェイクへの対策を徹底し、信頼できる情報発信に努める必要があります」と述べています。

ディープフェイクとGANの仕組み

ディープフェイクの技術の中核をなすのが、機械学習の手法の一つであるGenerative Adversarial Networks(GAN)です。

GANは、「生成器」と「識別器」の2つのネットワークが対抗しながら学習を重ね、徐々に自然な画像を生成していく仕組みです。生成器は本物の画像を模倣しようと学習し、識別器はそれを見分けようと学習するという具合に、お互いに性能を高め合うのです。

GANは二つのチームの対抗戦のようなものです。一つは偽札を作る「偽札チーム」、もう一つはその偽札を見破る「鑑定チーム」です。

偽札チームは本物のお札をよく観察して、どんどんそっくりな偽札を作ろうと頑張ります。一方、鑑定チームはその偽札を見て、本物か偽物か見分けようと努力します。この二つのチームが日々対戦を重ねることで、どんどん偽札のクオリティが高くなっていきます。

これがGANの仕組みです。偽札チームが生成器、鑑定チームが識別器に相当します。この対抗戦を通じて、本物そっくりの偽画像を作り出す技術がどんどん進化しているのです。

まとめ

AIテクノロジーの発達により、オリンピックという祭典の在り方も大きく変わろうとしています。公平性の向上や効率化は期待できる一方で、倫理的な課題にも目を向ける必要があります。

IOCは有望な選手の発掘から審判の公平性向上、オンライン上の嫌がらせ対策までAIの幅広い活用を目指していますが、人間の判断を尊重しつつ、プライバシーなどの権利にも配慮した慎重な導入が求められます。

テクノロジーと人間性のバランスをいかに保つかが、AIテクノロジーの成功の鍵となるでしょう。

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