木星と海王星の間、34年前の接近が氷天体を目覚めさせた
太陽系の外側で、太古の氷天体が彗星へと姿を変えつつある兆候が観測されました。
米セントラルフロリダ大学(UCF)の研究チームは、NASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)とジェミニ北望遠鏡を用いて、「ケンタウルス族」に分類される天体450P/LONEOSの表面からガスと塵が噴き出している様子を捉えました。
研究成果は米惑星科学誌「Planetary Science Journal」に掲載され、UCFニュースやPhys.orgなど複数の海外メディアが報じています。
「ケンタウルス族」とは?木星と海王星を漂う原始天体
ケンタウルス族とは、木星と海王星の軌道の間を漂う小型の氷天体を指す分類です。
太陽系の外縁部で誕生した原始的な天体であり、内部に「アモルファス氷(結晶構造を持たない不規則な氷で、内部にガスを閉じ込めやすい性質を持つ)」を大量に保持しているとされます。
今回観測対象となった450P/LONEOSは、地球から48億キロメートル以上離れた場所を公転しています。
ゲミニ北望遠鏡による光学観測では、活動していない状態の核が初めて捉えられ、半径は約1.8キロメートルとごく小さいことも判明しました。
通常のケンタウルス族は目立った活動を示さない「静かな天体」ですが、ごく一部は彗星のようにガスや塵を放出する活動を見せることが知られています。
小惑星のように見えながら彗星のような性質も併せ持つことから、太陽系の天体分類の中でも特に境界があいまいな存在として研究者の関心を集めてきました。
研究チームを率いたUCFのチャールズ・シャンボー研究准教授は、「ケンタウルス族は太陽系外縁部から移動してきた過渡的な天体であり、太陽の熱を受け始めた原始的な物質を研究できる貴重な存在だ」と説明しています。
目覚めのきっかけは1992年の土星接近
研究チームによると、450P/LONEOSが活動を始めたきっかけは1992年に起きた土星との接近だとみられています。
この重力による接近によって、天体の軌道が大きく変化しました。
その結果、太陽に最も近づく地点である「近日点」が、木星に近い位置まで引き寄せられることになりました。
軌道が変化したことで太陽からの熱を受ける量が増加し、天体表面の温度が徐々に上昇し始めたと考えられています。
天体の軌道進化は通常、数百万年から数千万年かけて緩やかに進むと考えられていますが、今回のように単発の接近が明確な引き金として特定できるケースは珍しいといえます。
研究チームは2019年から2024年にかけて観測を継続し、天体を取り巻く淡い「コマ(彗星特有のガスと塵からなる雲)」が徐々にはっきりと確認できるようになっていく様子を捉えました。
この5年間の変化を追跡できたこと自体が、氷天体の「目覚め」をリアルタイムで観測できた極めて珍しい事例だと位置づけられています。
シャンボー氏は、「太陽からの熱が強まることで天体の表層や内部が温まり、閉じ込められていた揮発性の氷やガスが放出され、塵を巻き込みながらコマを形成する」と述べています。
JWSTが検出、水ではなく「二酸化炭素」が活動源
今回の観測で最も注目すべき発見は、JWSTが450P/LONEOSの周囲から二酸化炭素ガスを検出したことです。
研究チームが確認した内容は、主に次の3点にまとめられます。
- 強い二酸化炭素ガスの痕跡を検出
- 水蒸気と一酸化炭素は検出されず
- 結晶質の水氷とみられる氷の粒子をコマ内で確認
450P/LONEOSが太陽から離れた位置にあるため、通常の水氷は「昇華(固体が液体を経ずに直接気体になる現象)」しにくい温度帯にとどまっています。
そのため、天体の活動を引き起こしている主な要因は水ではなく二酸化炭素である可能性が高いと結論づけられました。
これは、太陽から遠く離れた天体では水氷ではなく二酸化炭素やその他の揮発性物質が先に活動の引き金になるという、近年の彗星研究の傾向とも一致する結果です。
さらに、コマの中で確認された結晶質の水氷は、天体内部の氷が加熱や物理的な変化を経験した証拠だと考えられています。
シャンボー氏は、「二酸化炭素の検出は、活動を引き起こしているガスの一つを直接特定できた点で重要だ。450Pの位置では核が低温すぎて通常の水氷の昇華は主な活動源になり得ないため、二酸化炭素の存在は何がコマを生み出しているのかを知る重要な手がかりになる」と話しています。
彗星誕生の仕組み解明へ、太陽系進化の手がかりに
研究チームは、天体内部に閉じ込められていた「アモルファス氷」が温められて「結晶質氷」へと変化する過程で二酸化炭素ガスが放出され、塵を伴ってコマを形成しているとみています。
活動を示すケンタウルス族は全体のごく一部にとどまるとされ、450P/LONEOSのような天体は氷天体の進化過程を研究する上で貴重な観測対象とされています。
ケンタウルス族は太陽系外縁部の「太陽系外縁天体(トランスネプチュニアン天体)」と関連が深く、その一部は将来的に「木星族彗星」と呼ばれる短周期彗星へと進化するとみられています。
つまり450P/LONEOSは、太陽系の果てに眠っていた天体が、数十億キロメートルを旅してやがて彗星として太陽系内側に姿を現すまでの、いわば「幼年期」を目撃している事例だと言えます。
シャンボー氏は、「450Pのような天体を研究することで、彗星核が内側へ移動する過程でどのように変化するのか、原始的な氷をどれだけの期間保持できるのか、そして静かな氷天体を活動的な天体へと変える物理的プロセスは何かを学ぶことができる」と述べています。
今回の成果は、太陽系の歴史における物質進化の道筋を解明する上で新たな一歩になると期待されています。
知っておきたい豆知識——ケンタウルス族と彗星の関係
ケンタウルス族という名称は、半人半馬のギリシャ神話の怪物「ケンタウロス」に由来しています。
これは、小惑星と彗星の両方の性質を併せ持つ「ハイブリッド天体」としての特徴を反映した命名です。
最初に発見されたケンタウルス族の天体は、1977年に見つかった「2060キロン」として知られています。
2060キロンも過去に彗星のような活動を示したことがあり、ケンタウルス族の中でも観測史の長い代表的な天体です。
現在までに数百個のケンタウルス族天体が確認されていますが、そのうち実際に活動が観測されているのはごく一部にとどまります。
今回観測に用いられたJWSTは近赤外線・中間赤外線の観測に優れ、地上の望遠鏡では検出が難しい微量なガス成分の特定を可能にしました。
今回の研究には、NASAの太陽系観測プログラムや宇宙望遠鏡科学研究所などから資金提供が行われています。
まとめ——氷天体の「目覚め」が示す太陽系進化の物語
今回の観測は、静かな氷天体が太陽との距離を縮めることで徐々に彗星へと姿を変えていく過程を、初期段階から捉えた貴重な事例です。
1992年の土星接近という偶然のきっかけが、数十年をかけて天体の運命を変えつつある点も興味深いポイントと言えるでしょう。
研究チームは今後も450P/LONEOSの観測を続け、活動の変化を追跡していく方針です。
他のケンタウルス族天体でも同様の観測が進めば、彗星誕生の仕組みについてさらに理解が深まると期待されます。