[スーパームーバー] 80代の「速歩き」認知症リスクを半減

米研究:歩く速さが映す「脳の若さ」という新指標

「歩くスピードの速さが、脳の健康状態を映す鏡になる」——そんな調査結果を米NPRが報じました。ニューヨークのアルバート・アインシュタイン医科大学の研究チームが、80代以上の高齢者を対象にした大規模調査で、歩行速度が際立って速い人ほど認知機能低下のリスクが大幅に低いことを明らかにしたのです。医学誌ではなく神経学専門誌「Neurology」に掲載されたこの研究成果について、AOLも詳しく伝えています。

「スーパームーバー」とは何か-4000人規模の調査

研究チームは、長期高齢化調査に参加する高齢者約4000人分のデータを分析しました。参加者は歩行速度を測るテストを受け、同年代の平均より1.5標準偏差以上速く歩けた上位9〜10%の人々を「スーパームーバー(卓越した歩行能力を持つ高齢者)」と定義しました。

研究を率いたアインシュタイン医科大学のソフィア・ミルマン博士は、「スーパームーバーとは、80歳を超えてなお同年代の平均を大きく上回るパフォーマンスを発揮する人のこと」と説明しています。その歩行速度は、実年齢より30歳ほど若い世代に匹敵する水準だといいます。

日本でも「フレイル(加齢に伴う心身の虚弱)」や「サルコペニア(筋肉量の減少による身体機能の低下)」といった概念が広く知られるようになりましたが、今回の研究は「歩く速さ」そのものを脳の健康状態を映す具体的な指標として位置づけた点が新しいと言えるでしょう。単なる体力測定ではなく、脳の老化速度を推し量る手がかりとして歩行速度を捉え直した点に、この研究の独自性があります。

認知症リスクが「半減」という結果

研究の中心的な発見は、スーパームーバーが非スーパームーバーに比べて認知機能低下のリスクが約50%低いという点です。加えて、記憶や空間認識をつかさどる脳部位「海馬(かいば)」の体積を、加齢後も保ちやすい傾向が確認されました。

さらに興味深いのは、スーパームーバーに次のような特徴も見られたことです。

  • 慢性的な疾患を抱えている割合が低い
  • 生活習慣が総じて健康的である
  • うつ症状が少ない
  • 実年齢より「生物学的年齢」が若い

これらは単に足腰が丈夫というだけでなく、心身全体の健康状態を反映する総合的なサインとして「歩く速さ」が機能している可能性を示しています。ただし共同研究者のジョー・バーギース博士(ストーニーブルック医科大学)が指摘する通り、この研究だけでは因果関係を証明できません。速く歩けるから脳が健康なのか、脳が健康だから速く歩けるのか、両方向の可能性が残されており、今後の追跡調査で因果の向きを見極める必要があります。

脳に病変があっても症状が出ない「回復力」の謎

今回の研究で特に注目を集めたのは、一部のスーパームーバーの脳に、アルツハイマー病に特徴的な「アミロイドプラーク(脳内に蓄積する異常なたんぱく質の塊)」や「タウのもつれ(神経細胞内にたまる異常なたんぱく質繊維)」といった病理学的変化が見つかったにもかかわらず、本人には認知症状が全く現れていなかったという事実です。

バーギース博士は「これは、加齢に伴う脳の変化があっても認知機能を維持できる、何らかの回復力(レジリエンス)のメカニズムを持っている可能性を示唆している」と述べています。

これは近年の脳科学で注目される、脳内に病変があっても症状が出ない人がいるという現象とも重なります。病変の有無だけでなく、それにどう「耐えられるか」という視点が、今後の認知症研究の焦点になっていく可能性があります。脳の写真や検査データだけでは測れない「機能的な余力」の存在を示した点で、今回の結果は認知症研究に新たな視点を投げかけたと言えるでしょう。

歩行が脳を守るメカニズム-筋肉と脳をつなぐBDNF

なぜ「歩く速さ」がここまで脳の健康と結びつくのでしょうか。専門家は、運動時に筋肉が収縮する際、脳由来神経栄養因子(BDNF、脳細胞の生存や記憶形成を助けるたんぱく質)と呼ばれる物質が筋肉から放出される点に注目しています。

BDNFは血糖代謝を調整するとともに神経細胞の生存を助け、記憶力の維持に寄与するとされています。ウォーキングは心肺機能を含む全身の複数のシステムを同時に働かせる運動であるため、脳だけでなく体全体の老化のスピードを緩やかにする効果があると考えられています。

科学ライターのボニー・ツイ氏は「筋肉の健康は、そのまま脳の健康である」と端的に表現しています。歩行という日常的でシンプルな行為が、全身をつなぐ健康指標として機能しているという見方は、今後の予防医学のあり方にも影響を与えそうです。

超高齢社会の日本にとっての意味

日本は65歳以上人口の割合が世界で最も高い「超高齢社会」であり、認知症は社会全体の課題となっています。厚生労働省の推計では、2025年時点で高齢者の5人に1人が認知症になるとの見通しも示されてきました。

今回の米国発の研究は、高価な薬剤や特別な機器がなくても、日常の「歩く速さ」に意識を向けるだけで、脳の健康状態を大まかに把握できる可能性を示唆しています。健康診断や特定健診の場で歩行速度を簡易的にチェックする取り組みが広がれば、認知症の早期リスク把握や予防意識の向上につながるかもしれません。今後、日本人を対象にした同様の追跡調査が行われるかどうかにも注目したいところです。

補足情報

アインシュタイン医科大学の研究チームは、認知症の予防に関して「調整可能な14のリスク要因」にも言及しています。難聴や高血圧、喫煙、社会的孤立などを管理することで、認知症発症の相当割合を防げる可能性があるとされています。同大学は個人の認知症リスクを簡易に把握できる「ブレイン・ケア・スコア」というツールも提供しており、運動・睡眠・ストレス管理・社会的つながりといった日常生活の指標から自分の脳の健康状態を確認できます。なお研究チームは、遺伝的な要因が寿命の個人差のおよそ半分を説明するとも指摘しており、スーパームーバーのように傑出した老化のあり方には、生活習慣と遺伝の両方が関わっているとみられます。

まとめ

今回の研究は、80代という高齢期においても「歩く速さ」が脳の健康状態を映す重要な手がかりになりうることを示しました。因果関係の解明にはさらなる研究が必要ですが、日々のウォーキングや十分な睡眠、ストレス管理、人とのつながりを大切にすることが、認知症リスクを下げる一助になる可能性があります。超高齢社会の日本にとっても、今後どのような追跡調査や応用研究が進むか、そして歩行速度チェックのような簡易的な指標が実際の医療現場で活用されるようになるか、引き続き注目されるところです。

出典:
NPR
AOL

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